事例① 「9070」まで問題が長引いてしまったケース

まずご紹介するのは、私がいまの仕事に就く前に個人的に話を聞かせていただき、衝撃を受けたケースです。90代の母親と、70代のひきこもりの息子、ひろしさん(仮名)の話です。

ひろしさんは幼い頃から少し発達の特性があり、周囲と馴染むのが苦手でした。心配したお母さんは、中学卒業後の進路について、「この子には高校生活は無理だろう」と判断しました。そして、「高校へ行くのはやめて、就職しなさい」と強く勧めたのです。

ひろしさんは母親の言う通りに就職しましたが、やはり人間関係がうまくいかず、すぐに退職。その後も、母親が仕事を探してはあてがい、また辞めてしまう……ということを繰り返し、やがて完全にひきこもるようになりました。それから数十年。お母さんが「働かないのか」「外に出ないのか」と促したある日、70代になったひろしさんは激昂してこう叫びました。

「全部、お前が決めたんだろ!」

本当は高校に行きたかったかもしれない。別の道があったかもしれない。しかし、母親の「先回り」と「過干渉」によって、「自分で選んで、自分で失敗する」という経験を奪われたひろしさんは、70代になってもなお、「自分の人生がうまくいかないのは親のせいだ」と思い続けていたのです。親が良かれと思ってレールを敷くことが、子どもの「人生の責任感」を奪い、結果として8050問題(この場合は9070問題)へと繋がってしまった、あまりにも悲しい事例です。

高齢の母親に文句を言う男性のイメージ
写真=iStock.com/kazuma seki
※写真はイメージです

事例② 母親が倒れて、50代で息子が動き出したケース

次に、2025年に「ザ・ノンフィクション」で放送され、大きな反響を呼んだ「ひきこもって37年 母と息子の小さな食卓」の事例(まさきさん・仮名)を見てみましょう。私がカウンセリングを担当したケースではありませんが、自立に向けて動き出すきっかけがとてもわかりやすい事例だったのでご紹介させてください。

52歳のまさきさんは、中学時代の挫折といじめをきっかけに15歳からひきこもり、79歳の母親と団地で二人暮らしをしていました。部屋は物で溢れ、生活の全てを母親に依存する日々。典型的な8050問題の家庭です。

しかし、転機が訪れます。高齢の母親が倒れ、体が思うように動かなくなったのです。母親が自分の世話をできなくなった時、まさきさんは初めて「自分がやらなければ」と動き出しました。長年手つかずだった荷物を整理し、外に出るのが怖いはずなのに、母親の誕生日を祝うために勇気を出してスーパーへ買い物に行きました。

この事例が教えてくれるのは「親が何でもやってあげてしまう(過保護・過干渉)状態では、子どもは自立できない」ということです。皮肉なことに、親が手を出せなくなった(出さなくなった)時、子どもは生きるために必然的に自分と向き合い、自立への一歩を踏み出したのです。