日本各地に点在している神社には、どんな役割があるのか。神道学者の三橋健さんは「神社は家内安全などの前向きな願いだけではなく、ドロドロとした呪いや穢れさえも引き受ける場所だ。神主としてお仕えしていたときに、藁人形に五寸釘を打ち込む女性を目撃したことがある」という――。(第1回)

※本稿は、三橋健『神様に願い事を叶えてもらう!厄除け・厄祓い大事典』(青春出版社)の一部を再編集したものです。

神社
写真=iStock.com/joka2000
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御神木に打ち付けられた“呪いの藁人形”

私は東京西郊の某神社で、11年間、神主かんぬしとして神様にお仕えした経験があります。寺院や教会も同じだと思いますが、神社というところは「心のさの捨てどころ」のような一面があります(もちろん、一口に神社といってもいろいろですが)。

それこそ、毎日のように悩みや苦しみを持った人たちが参拝に見え、「神頼み」をしております。ときには人生相談のようなことまで持ち込まれることもありました。

そのなかで、私がいまもって忘れることのできない、あるできごとを次に記してみたいと思います。

それは確か、「夏越なごしの祓い」を間近にひかえた6月20日過ぎのことでした。私はいつものように午前5時に起床し、朝霧の立ち込める境内の掃除をはじめました。境内には、大きなけやきの老樹が数十本ありますが、そのなかの神木しんぼくといわれる一本に藁人形が打ちつけられてあるのを発見したのです。

人形の心臓部に五寸釘ごすんくぎ(長い太い針で、約15センチある)が打ち込んであり、私には一見してそれが呪いの人形であることがわかりました。

「誰が、いつ、なんの目的で……」と、私は首をかしげながらも、丁重に「大祓おおはらえのことば」をとなえ、その人形を取り除きました。

「丑の刻参り」と直感した

そうしたら、2日後にも同じ場所に同じように人形を打ちつけてあったのです。

私は、これはただごとではなく、おそらく、誰かが「丑の刻うしのこく参り」をしているにちがいないと直感しました。そして、呪いをかけているその人に会って、心が晴れるまで話を聞いてみたいと思ったのです。

ところで、「丑の刻参り」といっても、現在では聞き慣れない言葉となりましたので、簡単に説明しておきますと、これは嫉妬や恨みを持った人がねたましく思っている人を呪い殺すための呪法じゅほうなのです。

丑の刻(現在の午前2時頃)に神社へお参りするので、その名があります。お参りするときは、頭の上に五徳ごとく(鉄の輪)をのせ、そこへロウソクを灯し、手には五寸釘と金槌かなづちを持ち、胸には鏡を吊るすという異様な姿で行います。そして、呪う相手をかたどった人形を、神社の神木や鳥居に打ちつけるのです。

そうすると、呪われた人は釘を打った部分が痛みだし、さらに7日目の満願まんがんになると、その人は死ぬと信じられているのです。