妻のセツ「人が皆、洋妾、洋妾ということが一番辛かった」

法的な手続きの有無以前に、二人は実質的な夫婦として生活していた。にもかかわらず、地元紙はわざわざ「愛妾」という表現を選んでいる。

八雲研究の資料を紹介する広瀬朝光「ラフカヂオ・ヘルン研究資料-1-「山陰新聞」の記事をめぐって」(『山陰文化研究紀要』15人文・社会科学編)では、資料解説においてこう記している。