慈円の歴史書『愚管抄』のおしえ

それを最初に指摘したのが天台宗の座主ざすに4回も就任している慈円じえん(1155~1225年)である。

天台宗の総本山は比叡山延暦寺で、当時、比叡山は日本の仏教界の中心に位置していた。比叡山では仏教の教えだけではなく、儒教の教えについても学ぶことができ、いわばそこは総合大学の性格を持っていた。つまり慈円は、現代でいえば、東大の総長のような人物だったのである。