例えば、私が32歳で読んだ大前研一著『遊び心』。大前氏については、行動的な論客として以前から興味を持っていた。著作も『企業参謀』をはじめ『ストラテジック・マインド』『新・国富論』など多くの著書に目を通していた。この本が出版されたとき、タイトルからして、これまでとは全然違う路線かと思い、早々に書店へ走って手に取った。

冒頭を読むと、執筆の動機として「日本人が世界のリーダーとして資金力に相応しい指導力を発揮していくためには、教育やものの考え方、価値観、余暇の過ごし方など、多方面にわたる変革が必要である」と書いてある。つまり、軟派なエッセイではなく、人生の指南書なのだ。

政治や経済の世界で国際的に活躍する人たちは、いずれも“遊びの達人”だと紹介する。今日でいう“ワークライフバランス”だろうが、その区別が日本人は苦手だ。そこで大前氏は、自らの経験とプライバシーにも踏み込み、実りのある生き方を教えてくれる。その3章は「教育への期待」となっており、なかに「非学歴社会」という項目がある。大前氏はマサチューセッツ工科大学(MIT)の大学院で工学博士号を取得しているが、その効用は博士になっておけばよかったと後悔しないですむことぐらいで、それ以外の御利益はないとユーモラスに述べている。

日本は学歴社会と思われているにもかかわらず、戦後経済の躍進を担った偉大な経営者には意外と東大卒は少なく、大学すら出ていない人もいる。いまさら松下幸之助氏や井植歳男氏、本田宗一郎氏といった名を出すまでもないだろう。三洋電機を創業した井植氏は幸之助氏の義弟だが、彼が「兄貴は尋常小学校、オレは高等小学校(今の中学1~2年に該当)。兄貴のほうが3年早く社会に出ている。この差は一生かかっても追いつけないかもしれないな」と実業の厳しさを語っていたのは印象的だ。

彼らの会社は海外にも進出し、日本の国際化は急激に進んだ。大前氏は、国際化の意味は日本の学歴社会の崩壊だと説く。そして、グローバル化のなかで求められるのは、何よりも新しいことを学ぶ心、人の心がわかること、人の上に立てるリーダーシップ、自分の考えをまとめて表現できる能力、多様な価値観を受け入れる力だと断言する。そして、こうした普遍的な適応力こそ、実社会の現場で育つと。