私事で恐縮だが、縁あって30代後半の約4年間をアジア開発銀行で過ごさせてもらった。わずか半年間の準備期間で出向したために、言葉では大変苦労したことが忘れられない。会議も遊びも食事もすべて英語。半年ほどはストレスで夜中になると鼻血が出たほどだ。

『遊び心』は経営コンサルタント・大前研一氏のエッセイ。遊びを通した実りある人生設計を提言。大前研一著/初版1988年/学研刊
『運命を拓く』は「心が一切を創る。運も成功も健康も、すべて心の働きによる。積極的に生きてみよ」という中村天風の教え。中村天風著/初版1994年/講談社刊

人事予算局という部署に配属されたが、そこは博士・修士号だけでなく、公認会計士の資格を持っているプロフェッショナルたちの世界だった。旅費の使い方一つでも問題があれば、問いただし、議論する。

その際、正しいデータや知識に基づいた主張ができないと相手にされない。そのために、彼らと対等に渡り合える英語力は必須だった。8カ月ほどでヒアリングには不自由しなくなったが、付き合ってみると、大前氏のいう多様な価値観や人生の楽しみ方を持っていることがわかる。世界への視野が開かれ、得がたい経験ができた。

40歳で帰国。人事部課長を経て、2000年12月に統合企画部長を拝命している。ここで手がけたのが、安田と日産火災海上保険、大成火災海上保険との合併計画。私は合併プロジェクト事務局長として推進の任に当たった。

ところが翌01年9月11日、アメリカのニューヨークなどで同時多発テロが発生する。大成火災は、航空再保険の損失により破綻。合併は見直しを余儀なくされた。仕切り直し後の折衝は統合比率などの問題で気苦労も多く、さすがに心身ともに疲れ果ててしまった。

そんなとき、知人に勧められて手にしたのが中村天風師の『運命を拓く』である。師の足跡はあまりにも異色だ。日露戦争に諜報員として派遣され、満州の野で死線をさまよったという。後に結核を発病するが、ヨガの聖者にめぐり会い、ヒマラヤで修行・解脱する。帰国後は、その体験を人々に伝えた。破天荒だが魅力的な人物である。

この本の内容は「天風瞑想録」というサブタイトルが示すように、彼が命がけで体得し、帰国後も説き続けた哲理を語っている。それを一言でいえば“積極的人生”にほかならない。決して難解なことが書かれているわけではない。むしろ単純すぎるほどだ。それは「人間の心で行う思考は、人生の一切を創る」ということである。そして天風師は「人間は、健康でも、運命でも、心が、それを、断然乗り超えて行くところに、生命の価値があるのだ」とも語る。

合併問題が暗礁に乗り上げ、落ち込んでいたときだけに、この力強い言葉が胸にジーンときた。もう涙が止まらなかった。私は再び、相手方との粘り強い合併交渉に臨み、大成火災がらみでは外国の保険代理店と訴訟まで起こして闘った。結果、02年の損保ジャパン誕生を勝ち取る。以来、天風師の教え「心の持ち方一つが人生の運命を決める」は、私の座右の銘になっている。

櫻田謙悟氏厳選!「役職別」読むべき本

■部課長にお勧めの本

『実践経営哲学』松下幸之助著、PHP文庫

パナソニックを世界的な企業に発展させた松下経営とはどんなものか、一度は読むべきだ。

『ビジョナリーカンパニーII』ジェームズ・コリンズ著、日経BP社

徹底的なデータ分析によって超優良企業の条件を明らかにする。成長する企業を実証研究している。

『考えるヒント』小林秀雄著、文春文庫

批評家・小林秀雄氏のさりげない語り口のエッセイ集。20~50代、それぞれの年代に読んでほしい。

■若手、新入社員にお勧めの本

『三国志』横山光輝著、潮漫画文庫

国志には活力がある。闘うということ、組織の力、役割分担など全ての要素が詰まっている。若い社員は経営書、リーダー論、組織論、戦略論として読める。なお若手には、乱読しなさいと言いたい。

※すべて雑誌掲載当時

(岡村繁雄=構成 鈴木直人=撮影)
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『運命を拓く』