「よし、僕も挑戦しよう」と決心した

英語が苦手科目だった私が、米国に留学しようと思い立ったのは大学2年のときです。友人から「スタンフォード大学に短期留学してきた」と聞き、テレビ番組『兼高かおる世界の旅』で外国に憧れていましたから、「よし、僕も挑戦しよう」と決心したのです。

みずほ銀行取締役頭取 藤原弘治氏
みずほ銀行取締役頭取 藤原弘治氏

地方出身の貧乏学生ですから、もともと学費と生活費は自分で稼いでいました。歌手のボディーガードや戦隊ヒーローものの悪役など風変わりな仕事も経験しましたよ(笑)。数十万円の留学費用は築地の魚市場で3カ月ほど働いて確保しました。

サンフランシスコ国際空港に降り立ったのは1983年の夏。ゴールデン・ゲート・ブリッジを渡り、スタンフォードの広大なキャンパスにゴルフ場やスタジアムがあるのを見て、スケールの大きさに圧倒されました。米国の繁栄と自信に満ちた様子に興奮し、「将来は世界で活躍するビジネスマンになりたい」と思ったものです。

寮生活では米国人の学生と同室でした。日中は各国からの留学生たちと英語のクラスに通い、寮に戻ればルームメートと話す。もちろん、2カ月間の短期留学で英語がマスターできるはずはありません。ただ、そうやって若い頃に海外へ出て、異文化に触れるというグローバル・コミュニケーションの原体験が貴重だったと思います。