プライベートで飲みに行くこともしょっちゅうあった。たいていは5人ほどでテーブルを囲む。そうした場でも、私は前田社長から名指しで叱られた。仲間の面前で「前回の会議だが、あの君の発言には落ち度があった。今度からは、こう修正しろ。わかったか?」といった具合だ。これが延々と続くのだから、酒が旨いはずはない。しかも毎回のように呼ばれるので、正直いってきつい。

しかし、思いがけず褒められたこともある。

東レでは、事業本部ごとに中期経営計画をトップに報告する習慣があり、通常は本部長が行うことになっている。彼らの役職は専務か常務である。それにもかかわらす、私は繊維事業本部の企画管理部長時代に、先輩の役員5人に代わってプレゼンを行う機会を得た。普通なら許されないのだが、前田社長は黙って聞いている。終わると「おおむねよし」との一言を頂戴した。

その後、どこかの本部も部長が前田社長の前に立ったらしい。そのときは「何を考えているのだ。本部長に代われ!」と怒鳴りつけたと聞いた。要するに、一番業務を理解している者の考えを聞きたいということであったのではないだろうか。

振り返ってみると、前田社長の叱り方の裏には、その人を育てようという上司としての愛情があったように思う。仕事を通して自分が成長し、会社に利益をもたらせば、広く社会に貢献していくこともできるようになる。だからこそ、上司は心を鬼にして、部下を鍛えなければいけないのだ。褒めるときも、部下の頑張りを評価して、一緒に心から喜べば部下も嬉しい。

こうした上司の部下を思っての叱咤はパワハラとはまったく違う。パワハラは自分の感情で威張り散らしているにすぎない。それは部下にも伝わる。逆に、叱り方に思いやりがあれば、尻を叩かれても部下は納得する。

なぜなら、部下が働き甲斐を感じるのは、任された仕事を通して自分の器が大きくなるのを実感する場面である。自分の限界にぶつかって、悲鳴を上げそうになったとき、初めて部下の成長がスタートする。そんな環境を与え、ときには叱るのが上司の役目なのだ。そういう上司になら部下は皆ついていく。

(構成=岡村繁雄 写真=読売新聞/AFLO)
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