視覚は鍛えることができる

【為末】逆に私からも窪田さんに聞いていいですか。視覚を鍛えることってできるんですか? 例えば「動体視力」って先天性のものなんですか? それとも後天性?

【窪田】トレーニングで鍛えることはできると思いますよ。動体視力もそうですが、立体感や遠近感といったものも、人は生まれたときから何年もかけて鍛えるんです。10歳を超えると立体視やいい視力の獲得が難しくなってきます。

「リッチ・エンバイロメント」と言いますが、大切なのは幼少期にどれだけ多様性のある環境に触れさせてあげるかです。逆に、まったく動きのないような場所とか、単調な環境に置かれたままだと、動体視力のようなものは育ちにくい。

【為末】なるほど。この前、認知心理学で「ゴンドラネコの実験」という話を聞きました。

暗闇で育ったネコを、ゴンドラのような装置に乗せるんですね。そのゴンドラの反対側には、正常に育ったネコがいて自分で動くことができる。その正常のネコが動くと、合わわせてゴンドラに乗ったネコも動く。視覚的には、どちらのネコも“動いている”ことになるけれど、ゴンドラのネコのほうはゴンドラから下りてもうまく着地できなかったり、物に対して反射しなかったり。

結局、運動したり環境適応したりすることが、視覚には大切なんでしょうね。

【窪田】おっしゃるとおり。眼球の向きを変える働きを司る外眼筋という筋肉があるんですが、では、眼球がどういう方向性をもって動いている物を追尾するか。そこには外部とのインタラクションが関わってきます。外からの情報を頼りに、視覚の精度を高めているところは大いにあると思います。

【為末】スポーツの場合、見たものに対して体が反応できるということがすごく重要だと思うんです。サッカーやテニスでの選手の動きを見ていると、ボールをずっと追いかけていく選手と、ぼんやりと動ける選手がいて。おそらくぼんやりと動くようなときのほうが反応がよいということを、多くの選手は実感を伴って知っている気がします。

為末 大(ためすえ・だい)●1978年生まれ。2001年エドモントン世界選手権および05年ヘルシンキ世界選手権において、男子400メートルハードルで銅メダル。陸上トラック種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得者。シドニー、アテネ、北京と3度のオリンピックに出場。男子400メートルハードルの日本記録保持者(14年10月現在)。03年、プロに転向。12年、25年間の現役生活から引退。現在は、一般社団法人アスリート・ソサエティ(10年設立)、為末大学(12年開講)などを通じ、スポーツと社会、教育に関する活動を幅広く行っている。著書に『諦める力』(プレジデント社)『走る哲学』(扶桑社新書)などがある。

窪田 良(くぼた・りょう)●1966年生まれ。アキュセラ創業者・会長兼CEOで、医師・医学博士。慶應義塾大学医学部卒業後、同大学院に進学。緑内障の原因遺伝子「ミオシリン」を発見する。その後、臨床医として虎の門病院や慶應病院に勤務ののち、2000年より米国ワシントン大学眼科シニアフェローおよび助教授として勤務。02年にシアトルの自宅地下室にてアキュセラを創業。現在は、慶應義塾大学医学部客員教授や全米アジア研究所 (The National Bureau of Asian Research) の理事、G1ベンチャーのアドバイザリー・ボードなども兼務する。著書として『極めるひとほどあきっぽい』がある。Twitterのアカウントは @ryokubota 。 >>アキュセラ・インク http://acucela.jp

(漆原次郎=聞き手、構成)
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