「理想と現実」のギャップを埋めたい欲求

あまりの高額に、私が契約するのを渋ると男は「これ以上、お金はかかりません」と言い、「この場でお金を払う約束をしなければ、合格を取り消します」と言ってくる。

せっかくの合格をフイにしたくない一心で、清水の舞台から飛び降りるような気持ちで15万円を払うことにした。幸いなことに、こんな連絡がすぐに入った。

「Vシネマのオーディションを受けてほしい」

合格すれば、俳優の仕事がくるというのでもちろん受けてみた。しかし、私は柄にもなく緊張してしまい、棒読みという大失敗の演技をしてしまった。

数日後、事務所に呼ばれ、「オーディションに落ちた」ことを伝えられた(いい演技をしても不合格だったに違いない)。しかも、話はこれだけで終わらずに、事務所の男はこう話し始めた。

「あんな演技じゃ使いものにならん。俳優になりたいのなら、私たちが勧める演技スクールに通え!」

その金額は50万円を超えていた。

私が「所属契約時に、これ以上、お金はかからないと言ったじゃないですか!」と抗議するも、男は「本気で俳優になりたくないのか!」と迫る。さらに金がないと言って断ると「俳優になりたいなら金の問題じゃない! 今すぐに、消費者金融で金を借りて払え」とまで言ってくる始末。正しい投資だと言わんばかりの顔つきだった。

結局、数時間も説得され続けた。

「(スクールに)通うか、通わないか」
「(お金を)払うか、払わないか」

二者択一をごりごりと迫られた。笑われそうだが、当時の私は自分の人生を俳優業に捧げる気が満々だった。本気だった。しかし、結局のところ断ったのは、どこかで冷めた自分がいたのかもしれない。

なぜなら、後に調べたところ、同じ事務所に所属した「目標:俳優」と大マジメに語る多くの人たちがこの手口で高額な契約をさせられていたからだ。

ここでは、2つの対立概念を使って説得している。それは、「理想」と「現実」である。

最初にオーディションに合格させて、「君なら売れる俳優になれる」という、夢、希望といった「理想」を見せる。しかし、その後に別なオーデョションを受けさせて、落ちたことをネタにし、いかに演技が下手なのかの「現実」を実感させる。

こうした理想と現実の2つを対比させることで、今、本人が何をすべきなのか(演技の学校に通うこと)を考えさせて、契約を迫ってきたのだ。