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だからソ連は参戦を決めた…日本の情報は筒抜け、直接交渉でも失敗を重ねた大戦末期の政府の"救えない"面々
ヤルタ会談でのソ連、スターリン共産党書記長(右)、ルーズベルト米大統領(中央)、イギリスのチャーチル首相(左)、1945年2月9日(写真=イギリス国立公文書館所蔵/PD-UKGov/
Wikimedia Commons
)
出典=『
日ソ中立条約
』/図表作成=本島一宏
ポツダム会談での(右から)イギリス首相アトリー、トルーマン米大統領、スターリン、1945年7~8月(写真=National Museum of the U.S. Navy/CC-PD-Mark/
Wikimedia Commons
)
終戦時の外務大臣・東郷茂徳(写真=『時代の一面』/PD-Japan-oldphoto/
Wikimedia Commons
)
広田弘毅(第32代内閣総理大臣)、1936年(写真=
国立国会図書館ウェブサイト
/PD-Japan-oldphoto/
Wikimedia Commons
)
河西陽平『日ソ中立条約』(角川新書)
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