最も大きな効果があるのは「保育と幼児教育への財政支出」

1つのやり方は、国際パネルデータに基づいた分析を行うというものである。国によって、政策導入のタイミングや介入の強さが異なることを利用し、政策が出生率に及ぼす影響を評価するというものだ。これは差の差分析(DID)の応用とみなすことができる(※2)

山口慎太郎『子育て支援の経済学』(日本評論社)

ここでは、国際パネルデータを利用して、異なる家族政策の効果を評価した研究を紹介(※3)しよう(推定結果の詳細は『子育て支援の経済学』を参照)。分析によると、育児休業期間そのものは出生率にほとんど影響がない。一方で、その給付金が支払われる期間は出生率引き上げに小さいながらも影響がある。最も大きな効果があるのは保育と幼児教育への財政支出だ。対GDP比で1%ポイント増えると、出生率(女性1人当たり子ども数)は0.27上昇する。

ここまでこの本で取り上げてきたような、一国内での制度変更を利用して政策効果を識別する研究では、厳密な形で異なる政策を比較することは難しい。しかし、前の章で紹介したように、ドイツの保育所整備の費用対効果について、現金給付と比較する形で概算を行った研究(※4)がある。

それによると、保育所整備は現金給付より5倍も大きな効果を上げるそうだ。もちろん、これは非常にざっくりした試算にすぎないが、かなり大きな違いなので、女性の子育て負担軽減に直接効果がある保育所整備が有効であるという議論を支持しているといえるだろう。

効果的な少子化対策には「ジェンダー平等」の視点が必要

本記事では、効果的な少子化対策の実施にはジェンダー平等の視点が必要であることを示した理論的な研究と、関連する実証研究の結果を示した。異なる政策を1つの実証研究で比較することが難しいため、現時点ではどの政策が他の政策よりも優れているのかは必ずしも明らかではない。今後は、そうした政策研究の積み重ねが必要となるだろう。

(※1)Doepke,M.and Kindermann,F.(2019)“Bargaining over Babies:Theory,Evidence,and Policy Implications,”American Economic Review,109(9):3264‐3306.
(※2)このアプローチの利点は、複数の政策を1つの枠組みのなかで分析できることと、政策の一般均衡効果も含めたうえで評価できることにある。一方で、識別に必要な平行トレンドの仮定の検証も容易ではないため、前章までに紹介した分析に比べると、推定値がバイアスを含んでいる可能性が高くなってしまうという欠点がある。また、国際比較可能な政策変数に注目するということは、国ごとの細かい制度の違いは捨象されることを意味する点にも注意が必要だ。
(※3)Olivetti,C.and Petrongolo,B.(2017)“The Economic Consequences of Family Policies:Lessons from a Century of Legislation in High‐Income Countries,”Journal of Economic Perspectives,31(1):205‐230.
(※4)Bauernschuster,S.,Hener,T.and Rainer,H.(2016)“Children of a(Policy)Revolution:The Introduction of Universal Child Care and Its Effect on Fertility,”Journal of the European Economic Association,14(4):975‐1005.

関連記事
樋口恵子×上野千鶴子「真面目で責任感の強い"よい嫁"が社会の足を引っ張っている」
「子供が3歳まで母親は家にいたほうがいい」は大間違いだった
「後援会も辻立ちもなし」無名の34歳女性が3位当選を果たした、斬新すぎる選挙戦略
独身が増え続ける原因を「若者の恋愛離れ」にしたがるメディアの大ウソ
孤独と絶望の20年「重度障害児と老親ケア」で睡眠障害を患う46歳女性が、それでも笑顔になれる瞬間