「どんなあなたも素晴らしい」

診察室に来た不登校の子に、私はこんなふうに言うことがあります。

「学校に行っても行けなくても、あなたはあなたでいい。あなたはあなたでどんなあなたも素晴らしい」

みんな違ってみんないいんだ、という受け皿があれば、診察室で“死にたい”と訴える子どもたちが減るんじゃないかと思っています。

だからこそ、みなさんに知ってほしい言葉があります。ニューロダイバーシティという言葉はすでに多くの方がご存じだと思いますが、欧米では最近“ニューロスパイシー”という言葉がでてきているそうです。

いろんな発達の特性の人がこの世にはいて、みんないい味(スパイス)だしているよね、という意味だと私は理解しています。他者との違いを排除するのではなく、受け入れ認め合う。もしよかったら、ぜひ使ってくださいね。

「ダメな母親なのかも」と追い込まれた

私は精神科医として、不登校の子をはじめ患者さんを診察すると同時に、シングルマザーとして2人の娘を育てています。

わが家の娘は小学1年から登校しぶりがあり、付き添い登校をしたり、行ったり行かなかったりという日が続いて、小学校3年生から小学校卒業まで完全に登校しませんでした。

今はそんな娘の状況を受け入れている状態ですが、不登校になりかけの頃は「学校に行かせるなんて当たり前のことをさせられない私はダメな母親なのかもしれない」「精神科医のくせに自分の子どもを学校にすら行かせられないのか」と思われているのではないか、と不安になりました。

また、教育熱心だった両親からは「仕事なんてしてる場合じゃない。仕事を休んででも母親は学校に子どもを連れて行くべきじゃないか」と言われ、私は追い込まれました。

それでも、私はなぜか学校に行かせることだけが正解だと思えなかったのです。自分がシングルマザーで経済的に両親に頼りたくなく、仕事をやめたくなかったというのもあります。

そして、不登校は、何カ月付き添ったら学校に行けるようになる、など明確なゴールが定めにくいものでもあります。

そのような葛藤を抱えながら、私の不登校の娘と向き合う日々が始まりました。最初は不安で涙を流した夜も何度もありましたが、今は不安と上手に付き合えるようになり、今日も学校に娘は行っていませんが、親子ともに笑顔で生活しています。

それは、「不登校=よくないこと」という常識を手放すことができ、必要以上に不安になることをやめたからです。