「通販の値引き」「目標設定」にも使われている
もっとベタな「アンカリング効果」は、商品の元の価格と値引き価格の関係です。ジャパネットたかたなどに代表される通信販売番組で「通常価格14万円のところ、今だけ9万9000円!」などのように、値引き前の価格を何度も強調するのは、最初に見せられた価格にアンカーが下ろされるため、それが基準となって値引き価格を安いと感じるからです。
「こんなに値引きをしてもらえるなんて、お得だ! 買わなければ!」という気持ちにさせられてしまうわけですね。実際はそれほど安くなかったとしても。また、車や家電製品などで、フルオプションの高い価格を見せられたあと、標準的な商品の価格を見ると、安く感じてしまうこともあります。

出版社の部数の目標設定も同じです。最初の目標を「10万部」や「20万部」という高い位置に設定してしまうと、結果5万部だったときに、「思ったより売れなかったな」という評価になりますが、「3万部目標」としておいて結果が5万部だった場合、予想以上のヒットという高評価をもらえたりするようです。
「アンカリング効果」は時間とともに薄まる傾向があり、あくまで一時的なものにとどまることが多いのですが、いずれにしてもアンカーの下ろされている数値が重要になってくることは間違いありません。
「他人」より「過去の自分」を基準にするといい
本項の冒頭でお話したような、モヤモヤした嫉妬の感情に苦しまないためには、「自分は自分、他人は他人だ」と割り切り、他人の行動や立ち位置を気にしないというのが根本的な対処方法です。しかし、これがなかなか難しいのもわかります。「そんなことはわかっているけど、考えないようにするのは難しい」のが、人間というものですよね。
ここまで見てきた「アンカリング効果」を応用すると、誰かに嫉妬心を抱いたり、自己肯定感を下げて落ち込んだりしないためには、「アンカーを下ろす基準を変える」ことが解決策になるといえるでしょう。
仕事でもプライベートでも、優秀だと感じる同僚や後輩の実績、成功していたり毎日が充実している(ように見える)友人などにアンカーを下ろすのではなく、3年前、1年前の過去の自分を基準に考えてみる。
そうすると、「3年前はできなかったことが、今はできるようになっているな」「あのころと比べたら、余裕をもって商談の準備ができているな」「前より作業のスピードが上がって残業時間が減ったな」「趣味などに自由に使える時間が増えているな」など、自分にとってプラスとなる評価ができるようになるはずです。つまり、「アンカーを自分の外ではなく自分の中に下ろす」ということですね。
ただ、高すぎる、あるいは低すぎるところにアンカーを下ろしてしまうと、アンカーに届かないことで「自分はだめだ……」などと自信を失ったり、逆に何年経っても成長しない……ということになってしまうので、自分にとって「適正だ」と思える基準を見つけることも大事ですね。
昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。東京工業大学工学部社会工学科卒業後、大手広告代理店を経て1995年、日本総合研究所入社。1998年、アサツーディ・ケイ入社後、戦略プランナーとして金融・不動産・環境エネルギー業界等多様な業界で顧客獲得業務を実施。2019年、独立。現在は行動経済学を活用したマーケティングやブランディング戦略のコンサルタント、企業研修や講演の講師、著述家として活動中。著書に『9割の人間は行動経済学のカモである 非合理な心をつかみ、合理的に顧客を動かす』『9割の損は行動経済学でサケられる 非合理な行動を避け、幸福な人間に変わる』(ともに経済界)、『世界最前線の研究でわかる! スゴい! 行動経済学』(総合法令出版)、『モノは感情に売れ!』(PHP研究所)などがある。