「本日のおすすめ」「一番売れています」と言われると、ついつい選んでしまうのはなぜか。『世界は行動経済学でできている』(アスコム)を書いた橋本之克さんは「私たちの決断や選択は、無意識に誘導されている。Amazonと町中華には意外な共通点がある」という――。
フライパンで料理を炒めるシェフ
写真=iStock.com/bgton
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町中華は行動経済学のプロ

少し前にテレビ番組で、「メニューが多すぎる中華料理店」が取り上げられていました。顧客からのリクエストに応えたり、好評だったものをレギュラー化したりするうちに、メニュー数は年々増え、今ではなんと400種類以上! 1年以上通わなければ制覇できないくらいですね。

一方で、このお店の看板メニューは「ちゃんぽん」と決まっており、創業時から人気の一皿だそうです。

大量のメニューの数々と、おすすめの看板メニュー。

これ、実は行動経済学的にとても理にかなった戦略です。

私たちは日常生活の中で、さまざまな条件を比較、検討しながら決断をしています。何かを選ぼうとするとき、選択肢が多すぎたりすると、「何を選べばいいのかわからない」「とりあえず、何も選ばないでおこう(決断を先送りしよう)」という選択をしがちになります。

行動経済学では、選択肢が多すぎることで、その選択を先送りにしたり、選択すること自体をやめてしまったりすることを「決定麻痺」と呼びます。

イギリス・ケンブリッジ大学の研究によれば、人間は1日あたり最大3万5000回もの意思決定をしていると言います。どんなルートで目的地に向かうか、いつどこで何を食べるかといった行動から、暇な時間に、ボーッとするか、スマホを見るか、景色を眺めるか、本を読むかという判断まで、自分や周囲の情報を整理、比較、検討し、ようやく決断にいきつくわけです。

「選ぶ楽しみ」と「定番メニュー」の両輪

この処理が毎日3万5000回も脳内で行われているのであれば、消耗してしまうのは当たり前ですよね。

体を動かし続けていると疲れてしまうのと同じように、決断を続けていると脳が疲労し、徐々に決断の質が低下していきます。決断することが多すぎて嫌になってしまう現象を「決断疲れ」と呼びます。これは、「決定麻痺」の前段階として陥りがちな状態です。

商品やサービスを売る企業にとっては、「決定麻痺」や「決断疲れ」を見越して、素早く、そして自分たちに有利な形で顧客に判断させることが大切になってきます。

その一方で、顧客側が自分の意思で「選ぶ楽しみ」も消費活動では必要な要素です。

「大量のメニューの中から選ぶ楽しみ」と「迷ったときに外さない定番のおすすめメニュー」の両輪がそろっている町中華のお店は、まさにその2つの要素を兼ね備えているというわけです。

私たちは「決断疲れ」に陥っている

コロンビア大学のシーナ・アイエンガー教授は著書『選択の科学』(文春文庫)の中で、アメリカの退職金積立(確定拠出年金・通称401k)に関する選択と決断の事例を紹介しています。

この制度は、退職後の生活費などをあらかじめ投資運用で準備するためのものです。勤務先の会社ごとに金融機関と提携して、さまざまな商品プラン(ファンド)を用意します。どれを選ぶかは、働く人が自分で自由に決めることができます。

このとき、金融商品の選択肢が多くなるほど、制度の加入者が減ることが明らかになっています。投資運用の選択肢の多さに圧倒されて加入の決断ができず、そのまま先送りして未加入のままという結果に終わっているのです。