マルトリが健康や寿命にまで影響を及ぼすメカニズム
子ども時代の逆境体験が、これほどまでに生涯にわたって心身の健康に影響を及ぼすプロセスをわかりやすく表したのが「ACEピラミッド」です。カイザーの予防医学部門主任だったフェレッティ博士が提案し、疾病予防管理センターが完成させたモデルです。子ども時代に受けたマルトリなどの逆境体験があると、健全なこころや神経の発達が損なわれます。そして、社会的・情緒的・認知的障害を抱える可能性が高くなります。
・情緒的障害――意欲の消失、集中力の低下、うつ症状の発現
・認知的障害――認知機能がなかなか上がらない
これらの障害への対処として、アルコールや薬物乱用、喫煙、食生活の偏りなど健康を害する行動が選ばれやすくなります。すると、疾病、障害、社会不適応が生じて、最終的に早期の死亡に至るということなのです。このメカニズムから考えれば、ピラミッドの上位にある障害等を防ぐために、より下位の段階で介入や予防の策を講じる必要があります。
1990年代に作成されたオリジナルのACEピラミッドは逆境体験を底辺とした6段階のものでしたが、2020年にはさらに「社会情勢」「親世代のトラウマ」が追加されたピラミッドが登場しています。
共働きがマルトリリスクを高めることはない
現代のマルトリの背景となる社会情勢とは、やはり都市化や核家族化が進み、親が孤立して子育てを行う状況、つまり「孤育て」になってしまっていることでしょう。そのうえ、子育ての成功談や天才を育てる教育法といった情報が氾濫し、「子育てで成果を出さなくてはならない」「子育てはすべて親の責任」というプレッシャーが親たちに重くのしかかるしんどさがあります。「子育てしやすい社会に」と言われながらも、その実現にはほど遠く、限界ギリギリのところで奮闘している親がたくさんいるのが現状ではないでしょうか。
現代日本は共働きが当たり前になっており、日本全国でおよそ1200万世帯が共働き世帯ですが、ここでお伝えしておきたいのは、「共働きとマルトリとの間には相関関係はない」ということです。共働き世帯だからといって、マルトリリスクが高くなるという事実はありません。
一緒に過ごす時間が短くても、帰宅後や休みの日にはしっかり愛情を注げばいいのです。スキンシップをとり、たくさん会話をして、愛情を感じる時間の「濃度」を高めてください。濃度の濃さが重要です。絵本を読んであげたり、自然の中に出かけて一緒に遊んだりするのもいいでしょう。子どもに愛情が伝わっていれば、それで大丈夫です。「幼いうちから保育園等に預けると安定した愛着が形成されない」などという誤った考えがあるとしたら、それは改めていかなければならないと思っています。