放任主義と育児放棄(ネグレクト)の違い

ネグレクトは、「育児放棄」とも呼ばれます。親が必要な世話をせずに子どもを放置することを指します。食事を与えない、お風呂に入れない、服を着替えさせないなど、子どもが健やかに成長するために欠かせない身体的ニーズを満たさないことを「身体的ネグレクト」といいます。予防接種を受けさせない、病気になっても病院に連れて行かないというように、必要な医療を与えないこと、視力検査で、視力が悪く日常生活に支障をきたすレベルであることがわかったにもかかわらず、眼鏡を買ってあげないといったことも身体的ネグレクトにあたります。子どもが泣いていても無視し続ける、スキンシップをまったく取らない、子どもの話を聞いてやらないなどは「心理的ネグレクト」です。

「うちは放任主義ですから」と言う親御さんがいます。放任主義は、親が子どもにあれこれ指示をするのではなく、子どもの意思を尊重して自由にさせる教育方針のことです。子どもを束縛しない、干渉しないという点ではネグレクトと通じるところがありますが、決定的に違うのは「愛着形成ができているか否か」の部分です。

子どもの成長に必要なのは「安全」な環境

友田明美『最新脳研究でわかった 子どもの脳を傷つける親がやっていること』(SB新書)
友田明美『最新脳研究でわかった 子どもの脳を傷つける親がやっていること』(SB新書)

ボウルビィは、子どもが健やかに成長していくには「安全と探索」が必要であると言っています。人間の子どもは大人の養育なしには生きていくことができません。生まれたばかりの子どもにとって、何よりも必要なのは「安全」な環境です。通常は親の庇護のもと、安心感を持って成長していきます。そして、成長の過程では、ときに勇気を出して危険を冒し、周囲を「探索」して自分の世界を広げていく必要があります。探索によって社会的スキルを身につけ、社会の中でよりよく生きることができるようになっていくわけです。

放任主義は、「あっちに行きなさい」と指示をするのではなく、子どもの自由にさせます。「もっとこうすればうまくいくよ」とアドバイスをするかわりに、子ども自身の判断を尊重するのです。子どもは失敗することのほうが多いかもしれません。でも、助けを求めれば親が必要なものを与えてくれるし、「あなたなら大丈夫だよ」と言って応援したり慰めたりしてくれると感じれば、安心して失敗もできるというものです。そして、子どもはその失敗から学ぶことでしょう。愛着形成ができているから、放任主義は教育スタイルとして機能するわけです。

こんなこともマルトリ(ネグレクト)にあたる
□子どもが重大な病気になっても病院へ連れて行かない
□子どもに予防接種を受けさせない
□子どもが泣いていても、さまざまな理由で気にかけず無視する
□仕事や家事が忙しいので、子どもとの時間を取らない
□小さな子どもを一人で家に残したまま、数時間外出することがある
□子どもをおとなしくさせるために、頻繁にスマホやタブレットを渡してしまう
□子どもが長時間ゲームをやっていても放置している
□子どもが外出先でトラブルに巻き込まれても、「子どもが勝手にやったことだから」と知らんぷりをしている
□子どもに満足な食事を与えない(例:日常的に、子どもへカップ麺やコンビニ弁当の食事で適当に済ませるよう伝える)

マルトリは誰にでも起こり得るものです。しかし、「マルトリは軽いもの」「マルトリならOK」ということではありません。マルトリは子どもの脳を傷つけ、将来にわたって悪影響を及ぼします。

「マルトリなんて知らない、自分には関係ない」と目をつぶり、知らずに子どもの脳とこころを傷つけ続けることはあってはならないし、許されるべきことはないのです。