多くのがんは、年単位の猶予期間を与えてくれる
がんには家族と生活する時間がある。
今まで余り言われてこなかったが、がんは恐ろしいだけではない。がんには意外なメリットがある。多くのがんは年の単位でかなりゆっくりと進行することだ。
前出の私の妹の場合は、進行したIV期の大腸がんで発見されたにもかかわらず、化学療法などにより4年もの間家で過ごすことができた。薬の副作用で苦しんだときがあったにしても、その間、旅行もできたし、孫の成長を見ることもできた。それは貴重な時間であった。
年の単位で進行し、月の単位で悪化する
エディンバラ大学のマーレィ(Scott A.Murray)は、がんの進行を図表4のように模式化して示した。大部分のがん患者は、がんを患っていても、年の単位で日常生活が可能である。しかし、最後の段階に来ると、月の単位で急速に容態が悪化し、緩和医療の対象となり、死に至る。この点、循環器疾患や老衰、認知症とは大きく異なっている。
作家の五木寛之が2023年新年号の『文藝春秋』誌に書いているように、がん患者が残された余命のなかで最後の海外旅行に行くなど、日本人の死生観が大きく変わってきた。がんとがんによる死を冷静かつ自然に受け入れる時代になってきたと思う。これは素晴らしいことだ。
それでも、がん患者は、自分の体内のがん細胞を嫌でも意識することになる。ときどき声をかけてみる。
(小高賢『老いの歌』岩波新書、
1936年生まれの「末期高齢者」(88歳)、東京生まれ、開成高校卒。1960年東北大学医学部卒業。3カ国(日米仏)の5つの研究所でがんの基礎研究をおこなう(東北大学、東京大学、ウィスコンシン大学、WHO国際がん研究機関、昭和大学)。しかし、患者さんを治したことのない「経験なき医師団」。日本癌学会会長、岐阜大学学長を経て、現在日本学術振興会学術システム研究センター顧問。著書に『健康・老化・寿命』、『知的文章とプレゼンテーション』『研究不正』『新型コロナの科学』『変異ウィルスとの闘い』(いずれも中公新書)など。