105歳でも歩ける男性は、昔の思い出とともに生きていた
次は105歳の男性Oさんです。自宅を訪ねると、寝室からダイニングに歩いてきたので「お元気だな」と思ったのですが、実際は疲れやすく、食事の時間以外はほとんどベッドで過ごしているとのことでした。認知機能は高く、昔の電車の切符のコレクションや戦時中に自宅に落ちた焼夷弾のかけらを見せてくれたりして、生い立ちや仕事のことなど興味深い話をたくさん聞くことができました。
この方は、もともと大阪で職業相談の仕事をしていて、東京でも同じような仕事を始めたいという誘いがあり東京に移ってきたとのことでした。当時大阪の事務所には所長とその人しかいなかったので、自分が上京することになったのだと説明してくれました。私も神戸から東京に出てきたので、そういう人生もあるのだなと自分を投影しながら聞いていた記憶があります。
若い頃のように体を動かせなくても、精神的な楽しみが残る
その時、こんなにしっかりしているのに毎日ベッドで過ごすのは退屈ではないのだろうかと思い、そのことを尋ねてみました。するとOさんは「退屈はしません。昔作った歌(職業相談の仕事の関係で、ある会社の社歌の歌詞を書いたことがある)を何回も歌ったり、昔よくやっていた史跡訪問をした時のことを思い出したりしているから」と答えたのです。
PGCモラールスケールには「若いときと同じように幸福だと思いますか」という質問があるのですが、これに対して「子どもの頃は子どもの楽しみがあったが、年寄りには年寄りの楽しみがある」と答えた人もいました。別の107歳の人は「子どもには体を動かす楽しみがあるが、年寄りには気分的な楽しみがある」と話しています。
調査で話を聞いた時の私はまだ30代後半だったので、当時は何か自分とは違う感覚だなという印象でしたが、自分が58歳になってじんわりと言葉の意味が体に沁み込むように理解できます。そして後に「老年的超越」理論を知ることで、こういう人たちの心理を理解するための理論的背景を持つことができるようになりました。
1965年神戸生まれ。専門は老年心理学。日本老年社会科学会(理事)。日本応用老年学会(常任理事)。2000年より慶應義塾大学と共同で東京都23区の百寿者、および全国の超百寿者を対象とした訪問面接調査を行っている。2010年からは東京都健康長寿医療センター研究所、慶應義塾大学医学部と共同で、高齢者の縦断調査SONIC を開始。