フルタイム→パートタイマーの切り替えを容易に
【権丈】欧米ではホワイトカラーでも、パートタイム労働は珍しくありません。パートタイムを、非正規と考えている日本のほうが、逆に特殊です。他国は正社員にも非正規労働者にもそれぞれ短時間労働者がいます。例えば、パートタイム労働者の割合が高くその活用が進んでいるオランダを、私は、パートタイム社会オランダと呼んできましたが、管理職も含め、短時間労働の正社員が多い国です。また、労働者の希望に応じて、労働時間や就労場所を変更することが可能になっています。
【海老原】日本でも、助成金などを創設し、フルタイムからパートタイマーへの転換が容易になるように、政策誘導したらどうでしょう。
【権丈】日本でも、すでに、正規雇用と非正規雇用の不合理な待遇差を解消する、いわゆる「同一労働同一賃金」が法制化され、有期雇用の5年経過後無期転換ルールなども定められており、パート労働をより良好な雇用機会にしようという動きはあるといえます。また、正社員の育児短時間勤務が増えてきており、このことは出産前後の継続就業を増やす意味で効果がありました。
日本では、今も長時間労働が広がっていますので、まずは残業なしの働き方が標準となることが大切だと考えています。加えて、これからは、育児や介護といった特別な理由がなくても、短時間勤務に切り替えることができるようにすることも大切です。労働時間選択の自由度が高まると、お互い様の気持ちも高まり、様々な事情を抱えながらも働きやすくなるのではないかと思います。
ヘトヘトの年収1000万円より余裕のある600万円社員
【海老原】毎日長時間へとへとになるまで働き1000万円の年収をもらうより、正社員だけど労働時間を2~3割減らして生活に余裕を持たせ、600万円もらうという選択肢は、けっこう人気になるでしょう。採用戦略として、こちらの方向に舵を切る企業がそろそろ出てきていい頃ですね。それを後押しするよう、短時間正社員向けの、優遇税制や社会保障軽減など、何か誘導策が打てないでしょうか。
【権丈】被用者保険の適用拡大を進め、企業が、低いコストでパートを雇うことを優遇する政策を止めることは重要だと思います。先ほどの労働市場の話もそうですが、政策は慎重に行わなければ市場規律が緩み、その回復は容易ではありません。起業家精神やアニマルスピリッツに中立的な制度や政策を意識していくことが求められます。レントシーカーの求めに応じていては、起業家精神が衰退していきます。
構成=海老原嗣生、荻野進介
慶應義塾大学商学部卒業、慶應義塾大学大学院商学研究科博士課程単位取得退学、アムステルダム大学Ph.D(経済学)。アムステルダム大学研究員、亜細亜大学准教授を経て、現在、亜細亜大学理事・経済学部長・教授。公務:仕事と生活の調和推進官民トップ会議構成員、同評価部会部会長、労働政策審議会雇用環境・均等分科会、同労働条件分科会、社会保障審議会児童部会等の委員を歴任。現在は財政制度等審議会財政制度分科会、中央最低賃金審議会等の委員。著書:『ちょっと気になる「働き方」の話』(2019)、『もっと気になる社会保障』(2022、共著)、Balancing Work and Family Life in Japan and Four European Countries(2004)。
1964年生まれ。大手メーカーを経て、リクルート人材センター(現リクルートエージェント)入社。広告制作、新規事業企画、人事制度設計などに携わった後、リクルートワークス研究所へ出向、「Works」編集長に。専門は、人材マネジメント、経営マネジメント論など。2008年に、HRコンサルティング会社、ニッチモを立ち上げ、 代表取締役に就任。リクルートエージェント社フェローとして、同社発行の人事・経営誌「HRmics」の編集長を務める。週刊「モーニング」(講談社)に連載され、ドラマ化もされた(テレビ朝日系)漫画、『エンゼルバンク』の“カリスマ転職代理人、海老沢康生”のモデル。ヒューマネージ顧問。著書に『雇用の常識「本当に見えるウソ」』、『面接の10分前、1日前、1週間前にやるべきこと』(ともにプレジデント社)、『学歴の耐えられない軽さ』『課長になったらクビにはならない』(ともに朝日新聞出版)、『「若者はかわいそう」論のウソ』(扶桑社新書)などがある。