はじめてのポスドク生活を経て

筆者は、2021年に博士号を取得し、今年度で初めてのポスドクの任期を終えます。国内ポスドクの給与は、地方の単身一人暮らしであれば問題なく生活できると言えるのかもしません。一方で、家庭があると事情は大きく変わってきます。

私には妻と子供が一人います。先ほど紹介したように、若手研究者は2、3年の任期付きの職を転々とする必要があるため、生活の拠点が定まりません。そのため、家庭がある場合、夫婦一緒に生活しようと思うと、配偶者も2、3年おきに仕事を変える必要が出てくるのです。実際私の妻も2人で話し合った末に、大手企業を辞めて、今はパートの仕事を渡り歩いています。

家庭があると、単身者に比べて住宅面でも譲れない条件が出てくると思います。基本的に交通費の補助や家賃手当などはないので、家庭があることで発生する追加の負担は、全て自己負担する必要があります。

一番の課題は、このような基盤の安定しない生活がいつまで続くか分からないため、研究者だけでなく、アカデミアの事情に詳しくない配偶者も相当なストレスを感じるということです。私自身は厳しい競争を覚悟の上でアカデミアの道に残りましたが、家族がいる状況で「この書類が通らなければ、来年の職はないかもしれない」と考えながら、研究の合間を縫って書類を書く期間は精神に相当応えました。

妻は常に私を励ましてくれていましたが、相当なストレスを感じていたようで、何度か将来のことを巡って口論になりました。妻も事情を理解し、覚悟していたとはいえ、実際に子供が生まれるとなったときに、改めてボーナスや手当が一切ないのが標準的である現実や、目の前の不安定な暮らしがいつまで続くのか分からないということを、書類を書く僕の背中から感じ取り、不安が増したようでした。

現在の日本の「ポスドク」の制度は、家庭がある状態を考えた設計になっているとは言い難いというのが、実際に「ポスドク」生活を経験した僕の感想です。

それでもアカデミアを目指すワケ

同じ研究職でも、大手企業の研究職を目指せば、好待遇な求人も少なくありません。実際に家庭の事情や考えから、ポスドクを辞めて民間就職するのはよく聞く話です。では何故、企業の研究職ではなく、アカデミアキャリアを選ぶ研究者が少なくないのか。

企業の研究職は、会社の利益になる研究テーマに限られるところが特徴だと思います。アカデミアでは利益を出す必要がないので、純粋な興味から研究を進めることができるのです。

特に理学など、すぐに利益を生み出すことが難しい分野の研究をつづけようと思うと、必然的にアカデミアを目指すことになると思います。

企業で私がしているような「理論宇宙物理」の研究を、社員にやらせても、会社の利益にはならないですからね。

では、優秀な研究者全員が企業就職を目指し、アカデミアを目指す人がいなくなったら、日本全体にとって、どのような損失があるのでしょうか。そのように聞かれたことがありますが、このあたりは“社会がどう考えるか”が大きいかと思います。

私たち研究者側からアピールすべきことでもあると思うのでお答えすると、自由な発想に基づく「多様な研究力」は、社会や国の発展の基盤となるはずです。

短期で還元される利益など、目先の確実性を優先すれば、学術研究は蔑ろにされるでしょうが、多様性を保った蓄積が未来の発展には不可欠なのです。一度失われた技術や知識は、欲しても、絶対にすぐには回復してくれないので。

社会全体として、そんな先のことまで構ってられないほど苦しい状況なのであれば、学術研究が後回しになるのは仕方のないことなのかもしれません。一方で、本当にそのような状況に陥っているのだとすれば、物質的にも思索的にもおしまいかと思います。