企業のエンジニアから、自由に研究できる環境を求めて大学に再入学。だが理系の職場は「男性優位」で、キャリアアップは簡単ではない。孤軍奮闘する彼女を支えた、ある女性研究者の言葉とは──。
高井まどか●1990年、早稲田大学理工学部を卒業後、東芝に入社。91年より大学に戻り、早稲田大学大学院理工学研究科で修士・博士課程(応用化学)修了。2001年に東京大学大学院工学系研究科の助手に。講師、准教授を経て11年より現職。

東京大学本郷キャンパスの西側・工学部5号館に、高井まどかさんの研究室はある。細胞の培養や分析など、さまざまな実験が行われており、その日も助教や学生たちが作業をしていた。

彼女たちの専攻は「バイオエンジニアリング」。医療と工学を組み合わせた比較的新しい研究領域で、ここでは主に医療用センサーに使う新素材を扱っている。「たとえば、血液中の微量な成分を分析するバイオセンサー。それをがんの予防や診断に活用したり、治療技術の確立に役立てるのが、私たちの大きなテーマです」

そう語る高井さんは、工学系の学部では数少ない女性教授だ。

Essential Item●ウェルプレート(手前左)、マイクロピペッター(手前右)、細胞培養用の栄養液(奥)は実験に不可欠。

1990年、早稲田大学理工学部の応用化学科を卒業後、東芝の半導体事業部に就職。男女雇用機会均等法の施行から5年目、工学系の女子学生の総合職への就職はまだまだ少なかった。

「当時は女子学生に大学に残って研究者になるよう勧める風潮はなく、自分の力を発揮するなら企業に就職するのがいいと思いました。でも、与えられたテーマに沿って研究開発する中で、やはり自分で研究テーマを決められる研究職に魅力を感じるようになって」

そこで、母校の教授に相談し、博士の学位を取得するため再び大学に入る計画を立てたのだが、父親は大反対だったという。