小説が示唆する皇室の将来

敬宮殿下の大学ご卒業後については、大学院へのご進学とか海外へのご留学などの進路が、一般的には予想されていた。それは、ご本人にとってはわずかでも国民に近い自由に触れることができる、青春の延長という意味も持ち得たはずだった。

にもかかわらず、「少しでも人々や社会のお役に立つことができれば」(令和6年[2024年]1月22日にご発表の敬宮殿下の「お気持ち」から)という理由から、ただちに日本赤十字社への就職を決めてしまわれた敬宮殿下。「看護師の愛子」の無私の献身を描いたこの作文は、そのような多くの人たちにとってまったく予想外だったご選択を、あらかじめ告知していたようにも受け取れる。

さらに「私は海の生き物たちの活力となっていった……今日も愛子はどんどんやって来る患者を精一杯看病し、沢山の勇気と希望を与えていることだろう」というまばゆいような締めくくりは、示唆的だ。作者の意図とは別に、皇室に新しいページが開かれて再び女性天皇が即位される日を、比喩的に予言しているかのように感じられるのは私ひとりだけの幻想だろうか。

プロポーズの再現を求められた背景

最後に一つのエピソードを付け加えたい。

それは昨年の5月30日、「日本橋髙島屋」で開催中だった天皇・皇后両陛下のご即位5年とご結婚30年を記念した特別展に両陛下と敬宮殿下が訪れられた時のこと。

この展示会では、ご婚約に際しての記者会見の時に皇后陛下がお召しになっていたレモンイエローのワンピースが、展示されていた。そのことに関連して、敬宮殿下が少しおどけられて天皇陛下にプロポーズの時のセリフの再現を求められるという、ほほえましい場面があった。

このエピソード自体は皇室に関心を寄せる人たちの間では比較的広く知られているはずだ。しかし、平成時代における両陛下のおつらかった日々を回想すると、これは単にほほえましいだけでは済まない、重い意味を持つエピソードではあるまいか。

天皇陛下はプロポーズ時の「雅子さんのことは僕が一生全力でお守りしますから」というお約束を、あらゆる逆風に耐えてご誠実に守り通された。

その天皇陛下に対して、一人娘であられる敬宮殿下は、仮に「天皇」という公的なお立場を抜きに考えても、まさに第一級の男性であり、夫であり、父親であられる、という信頼感を抱いておられるのではないだろうか。

だからこそ、おそらく敬宮殿下にとって最も感動的な父親のセリフを、少しユーモラスな形に紛らわせながら、感謝と尊敬の気持ちを込めて、ご結婚30年の節目にあえて喚起されたように思える。

皇室の伝統的精神を誰よりも受け継いでいる

天皇皇后両陛下のもとにお生まれになり、両陛下のもとでお育ちになった敬宮殿下。

その敬宮殿下こそ、現在の皇室において直系の血筋とともに、両陛下のお気持ちと平和を願い「国民と苦楽を共にする」という皇室の伝統的精神を、ほかの誰よりも深く受け継いでおられるのではないだろうか。

高森 明勅(たかもり・あきのり)
神道学者、皇室研究者

1957年、岡山県生まれ。国学院大学文学部卒、同大学院博士課程単位取得。皇位継承儀礼の研究から出発し、日本史全体に関心を持ち現代の問題にも発言。『皇室典範に関する有識者会議』のヒアリングに応じる。拓殖大学客員教授などを歴任。現在、日本文化総合研究所代表。神道宗教学会理事。国学院大学講師。著書に『「女性天皇」の成立』『天皇「生前退位」の真実』『日本の10大天皇』『歴代天皇辞典』など。ホームページ「明快! 高森型録