また上皇陛下も、退位を控えられた「天皇」として最後の記者会見で、次のように語られた(平成30年[2018年]12月20日)。

「先の大戦で多くの人命が失われ、また、我が国の戦後の平和と繁栄が、このような多くの犠牲と国民のたゆみない努力によって築かれたものであることを忘れず、戦後生まれの人々にもこのことを正しく伝えていくことが大切であると思ってきました。平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵あんどしています」

このような平和への願いを天皇陛下が受け継がれている事実は、改めて述べるまでもない。

一人でも黙祷を捧げる愛子さま

ちなみに天皇陛下は毎年、ご家族と共に「6つの日」に黙祷を続けておられる。阪神淡路大震災(平成7年[1995年])があった1月17日、東日本大震災(平成23年[2011年])があった3月11日、先の大戦において沖縄での組織的な戦闘が終結した6月23日(昭和20年[1945年]、以下同じ)、広島への原爆が投下された8月6日、同じく長崎への原爆投下があった8月9日、そして終戦記念日の8月15日だ。

もちろん、国として追悼式が行われる場合は、天皇・皇后両陛下がご一緒にお出ましになる。

ただしそのような時も、あまり一般には知られていないかもしれないが、御所では敬宮殿下がお一人で黙祷を捧げておられる。

『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』を鑑賞

なお敬宮殿下は令和元年(2019年)12月18日に、ご両親の天皇・皇后両陛下とご一緒に、広島への原爆投下を扱った長編アニメーション映画『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』(こうの史代・原作、片渕須直・監督)を鑑賞されている。この時、敬宮殿下は監督に「感動しました」と伝えられたそうだ。

このような映画の選び方からも、天皇・皇后両陛下が平和への願いを次の世代にしっかりと受け継ごうとされるお気持ちを想像できる。また敬宮殿下が、両陛下のお気持ちを真正面から受け止めておられることも、伝わる。

この時の上映は、日本赤十字社の後援によるチャリティー試写として開催され、当日集まった寄付金が日本赤十字社広島支部に送られていた。今から振り返ると興味深い偶然だ。

中1で書いた「看護師の愛子」

その日本赤十字社での嘱託勤務を決断された“原点”とも言える作文を、敬宮殿下は中学1年生の時に書いておられた。短編ファンタジー小説と言うべき「看護師の愛子」(平成27年[2015年])だ。

これも一部を紹介させていただく。

「看護師の愛子」が主人公で、勤め先の診療所でついうたた寝をして目覚めると、診療所はいつの間にか海の上に浮かんでいた、という幻想的な設定から物語が始まる。