滑落しても這い上がれるようにする

画像8にある樹脂製ネットの設置は、比較的安価にできる工事です。ため池の堤体の斜面に樹脂製のネットを這わせます。こうすることによって、何かの拍子にため池に滑落したとしても、ネットに手の指をかけて、つま先をかけることにより、容易に水中から陸上に這い上がることができます。ため池などの設備の維持管理に対して交付される「多面的機能支払交付金」で設置することができるほど、手軽な工事です。

宮城県大崎市で行われた、ため池斜面に張られたネットの事故防止有効性検証の様子(2018年7月撮影)
写真提供=斎藤秀俊さん
【画像8】宮城県大崎市で行われた、ため池斜面に張られたネットの事故防止有効性検証の様子(2018年7月撮影)

画像9は、もう少し金額のはる工事です。ため池の堤体にコンクリート張りブロックを這わせます。こうすることによって、斜面で草刈りなどの作業をしていても、ため池滑落を防止することができます。また、万が一落水したとしても、ため池の水の中から歩いて上がることも可能です。農村地域防災減災事業など少し大きめの事業で設置することになります。

【画像9】鹿児島県県薩摩川内市で行われた、ため池斜面に張られた張ブロックの事故防止有効性の検証の様子(2023年6月撮影)
写真提供=斎藤秀俊さん
【画像9】鹿児島県薩摩川内市で行われた、ため池斜面に張られた張りブロックの事故防止有効性の検証の様子(2023年6月撮影)

「三方よし」の農業に

全国に10万カ所ほどあるため池は、主に農業用水の確保のために使われています。そのうち69%が江戸時代以前に作られたのではないかと言われるほど、古くから人々の生活の近くにありました。全国でため池数が最も多いのが兵庫県、次いで広島県、香川県です。

ため池の水難事故で亡くなる人は例年30人前後です。高齢者が全体の約半分を占めますが、子どもの犠牲者も毎年のように報告されています。

最近子どもの死亡事故が続いた宮城県では、2022年から2024年の3年間の計画で、県内のため池の緊急一斉点検と安全対策を進めています。その中には、立ち入りを制限するためのフェンスの設置499カ所、注意を促す看板の設置589カ所、這い上がり用のネットの設置56カ所が含まれています。

ただ、全国的にみると、まだ安全対策が行われていないため池が多く、集中的に予算措置して安全を確保しなければならない状況にあります。

これは、地域住民の安全ばかりでなく、ここで作業する農家の安全の問題でもあります。血を流さずに豊作、さらに溺水なしの「三方よし」の農業を早く実現したいものです。

ため池斜面に施工されるネットや張ブロックの事故防止に対する有効性については、水難学会農業水利施設安全技術調査委員会によって製品ごとに確認され、全国にその技術が広がっています。

斎藤 秀俊(さいとう・ひでとし)
水難学会理事、水難学者/工学者、長岡技術科学大学大学院教授

1990年長岡技術科学大学大学院博士課程修了。工学博士。水難事故、偽装事件、業過事件の解析実績多数。日常生活の一部である風呂から、池や海にいたるまで、水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故に関するさまざまな話題を、実験および現場第一主義に徹して情報提供している。
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