冷戦時に海外で諜報活動をするため米軍の発案で作られたという自衛隊の“影の軍隊”「別班」。その実態は謎に包まれていた。石井暁共同通信編集局編集委員は「取材を続けるうちに、別班が今も存在しているという感触を得たが、記事を出すには自衛隊関係者の証言が必要だった。2011年、思い切って旧知の陸上幕僚長経験者に質問を投げた」という――。

※本稿は、石井暁『自衛隊の闇組織 秘密情報部隊「別班」の正体』(講談社現代新書)の一部を再編集したものです。

閣議に臨む岸田文雄首相(左)=2023年8月8日、首相官邸
写真=時事通信フォト
閣議に臨む岸田文雄首相(左)と浜田靖一防衛相(右)=2023年8月8日、首相官邸

防衛大臣すら知らない存在を誰に証言してもらえるのか

現在に至るまで、陸上自衛隊が独断で、別班に海外での情報収集活動をさせてきたことについては、取材を通じて徐々に確信を深めていった。

考えたのが、証言だ。防衛省・自衛隊の高級幹部たちに別班の存在と海外情報活動について認めてもらい、さらに具体的に話してもらう。OBでもやむを得ないが、できれば現役幹部がいい。欲を言えば、匿名ではなく実名での証言が望ましい。さらに、証言者の地位は高ければ高いほどいいし、証言者は単数より、複数(それもできるだけ多数)が望ましい……。

では、具体的にどのポストをターゲットに取材をしていけばいいのか。

防衛省・自衛隊の長である防衛大臣(旧防衛庁長官)については、取材の結果、関係者が一致して「内閣総理大臣、防衛大臣は別班の存在さえもまったく知らない」と証言しており、当初から対象外だった。

取材拒否が続いた後、陸上幕僚長経験者に切り込んだ

自衛隊幹部、OBらの相次ぐ門前払い、取材拒否に喘ぎながら、なんとかたどり着いたのが、陸上幕僚長経験者だった。旧知の間柄でもあるこの陸上幕僚長経験者とは、何度も酒席をともにし、一緒にカラオケを歌ったこともあった。しかし、会うのはいつも呑み屋。冗談以外の会話を交わした記憶がない。真面目な取材を申し入れること自体、違うような気がして、これまでなんとなく敬遠していた。

2011年7月16日午後9時、室内の灯りがついていることを確認してから、初めてこの陸上幕僚長経験者(以下、Bとする)の自宅のチャイムを鳴らした。

東京都内の閑静な高級住宅地。はたして、チャイムの音に反応して玄関を開けて出てきたのは、B本人だった。

「石井さん、どうしたの」

部屋着姿でリラックスしていたBは、いつもとは違うこちらの様子に怪訝な表情を見せた。緊張を隠すため、笑顔で「今日は、珍しく真面目な取材をさせてもらいに来ました」と努めて明るく言うと、「まあ、お上がりなさい」と応接間へ通してくれた。Bも緊張をほぐすためか、ご家族に缶ビールを持ってこさせ、「暑い。暑い。1杯ならいいでしょう」と言ってコップに注いでくれた。