※本稿は、石井暁『自衛隊の闇組織 秘密情報部隊「別班」の正体』(講談社現代新書)の一部を再編集したものです。
防衛大臣すら知らない存在を誰に証言してもらえるのか
現在に至るまで、陸上自衛隊が独断で、別班に海外での情報収集活動をさせてきたことについては、取材を通じて徐々に確信を深めていった。
考えたのが、証言だ。防衛省・自衛隊の高級幹部たちに別班の存在と海外情報活動について認めてもらい、さらに具体的に話してもらう。OBでもやむを得ないが、できれば現役幹部がいい。欲を言えば、匿名ではなく実名での証言が望ましい。さらに、証言者の地位は高ければ高いほどいいし、証言者は単数より、複数(それもできるだけ多数)が望ましい……。
では、具体的にどのポストをターゲットに取材をしていけばいいのか。
防衛省・自衛隊の長である防衛大臣(旧防衛庁長官)については、取材の結果、関係者が一致して「内閣総理大臣、防衛大臣は別班の存在さえもまったく知らない」と証言しており、当初から対象外だった。
取材拒否が続いた後、陸上幕僚長経験者に切り込んだ
自衛隊幹部、OBらの相次ぐ門前払い、取材拒否に喘ぎながら、なんとかたどり着いたのが、陸上幕僚長経験者だった。旧知の間柄でもあるこの陸上幕僚長経験者とは、何度も酒席をともにし、一緒にカラオケを歌ったこともあった。しかし、会うのはいつも呑み屋。冗談以外の会話を交わした記憶がない。真面目な取材を申し入れること自体、違うような気がして、これまでなんとなく敬遠していた。
2011年7月16日午後9時、室内の灯りがついていることを確認してから、初めてこの陸上幕僚長経験者(以下、Bとする)の自宅のチャイムを鳴らした。
東京都内の閑静な高級住宅地。はたして、チャイムの音に反応して玄関を開けて出てきたのは、B本人だった。
「石井さん、どうしたの」
部屋着姿でリラックスしていたBは、いつもとは違うこちらの様子に怪訝な表情を見せた。緊張を隠すため、笑顔で「今日は、珍しく真面目な取材をさせてもらいに来ました」と努めて明るく言うと、「まあ、お上がりなさい」と応接間へ通してくれた。Bも緊張をほぐすためか、ご家族に缶ビールを持ってこさせ、「暑い。暑い。1杯ならいいでしょう」と言ってコップに注いでくれた。
実在を把握したら、万が一の時に責任を問われてしまう
形だけの乾杯のあと、ビールを一口含んだところで「別班についてうかがいたい」といきなり切り込んだ。いつものようにBとだらだら呑み始めたら、肝心のことが聞けなくなる、と焦ったからだ。
すると、Bはそれまでとは違った厳しい口調になり、「もう、別班はないんじゃないか」と曖昧な表現で否定。続けて「別班だけじゃないでしょう。あの組織はいろいろ名前を変えているので……」と逃げを打とうとしてくる。
そこですかさず、「そうですね。DIT、MIST、別班、特別勤務班、ムサシとたくさん通称名を持っていますね」と相槌を打つと、「俺よりよく知っているな。あそこは何回も組織改革をしているので、現状はどうなのか詳しくは知らない」とようやく別班の存在そのものについては、率直に認めた。
Bはまさに竹を割ったような、真っ直ぐな性格の“軍人らしい軍人”。差しで眼を合わせ、真剣なやり取りをしている中で、嘘をつくことなどできないことは、わかりきっていた。
その後は、覚悟を決めたのか、別班の海外拠点、海外での情報収集活動について、率直に話してくれた。
「陸上幕僚長に就任前も就任後も詳しく聞いた事はなかったし、聞かないほうがよかった。万が一の事態が発生した時、聞いていたら責任を問われてしまう」
まさに“驚くべき本音”だが、さらに畳みかけるように、陸上幕僚長がどんな責任を問われるのかと尋ねてみた。
別班は自衛官の身分を離れ海外で諜報活動をしている
「もっとも(別班の)彼らは自衛官の身分を離れているので、陸上幕僚長の指揮下ではないので問題はない。万が一のことがあっても大丈夫にしてある」
陸上自衛官の身分を離れる方法については、「詳しくは知らない。知らないほうがいい」と明かした。
別班の収集した海外情報をどう評価するのか、との問いには、「陸上幕僚長は毎日、戦略、戦術情報の報告を受けている。どの情報が別班が収集したものか、駐在武官が収集したものか、情報本部電波部が収集したものかわからないが、そのチーム(別班)の情報も有用と考えていた」と事実上、別班の海外情報収集活動を認めた。
そこで、陸上自衛官が身分を離れて海外で活動することの危険性について質問すると、こう言い切った。
「別に強制されてやっているのではない。俺はオペレーション(運用=作戦)一筋の人間だから本当のことはわからないと思うが、情報職種の人なりのやりがいがあるのだろう。そうでなくては、危険な任務はできない。われわれは軍人だから、危険な任務は日常だ」
別班を指揮しているのは政府や外務省、もしくは…
話題を少し軟らかくするために「別班の本部に行ったことはあるか」と尋ねると、「ないない。(本部は)何回も移転しているからなあ」と笑いながら話したが、一方で「石井さんもいろいろ面白い記事を書いているけど、情報が出ると、情報の出所はけっこうわかってしまうよ」とブラフめいたことも口にした。
別班が陸上幕僚長の指揮下でないなら、いったい誰が指揮していたのか。
運用支援・情報部長か、それとも、その下の情報課長、地域情報班長なのか。
「そうじゃないんだ。もっと違うもの。政府とか内調(内閣情報調査室)とか外務省とか……」
なんとも中途半端な回答だった。時間も相当経過していたため、残念なことに最終的にこの場では詰め切れなかった。だが、Bが最後に継ぎたかった言葉は、「米軍」ではなかったか――私はそう想像した。
何しろ別班は、米軍が自衛隊の情報工作員を養成する目的で始まった、軍事情報特別訓練(MIST)を母体に創設された秘密組織だ。1975年、日本共産党は別班長の内島が週5日、米軍キャンプ座間に通勤していることを確認している。その誕生から、米軍が別班を育成してきたとも言えるのだ。未だにその関係が継続していても不思議ではない。
この日の取材で、いくつか残った疑問については、再度取材させてもらえばいい、と軽く考えていたが、現時点に至るまで再取材の機会はやってきていない。
「特定秘密保護法案の通過前に」とタイムリミットに焦る
そしてついに、別班取材の成否を決する日がやってきた。2013年4月16日の衆議院予算委員会で、安倍晋三首相は情報漏洩を防ぐため、罰則規定を盛り込む「特定秘密保全法」の整備に意欲を示し、「法案を速やかに取りまとめ、国会提出できるように努力したい」と述べていた。
加えて、政府は日本版NSC(国家安全保障会議)設置に向け、国の機密情報を流出させた国家公務員への罰則強化を盛り込んだ特定秘密保護法案を秋の臨時国会に提出する方向で調整に入ろうとしていた。法案成立への流れは急速に激しさを増している。もう余裕はない――。
同年7月16日、情報本部長経験者のFと対峙した。以前、別班について糺した時には、別班が現在も存在することだけでなく、別班、現地情報隊と特殊作戦群の一体運用構想についても認めていたが、肝心の別班の海外展開については回答を得られなかった。そのリベンジを果たすべく、意気込んで取材に臨んだ。
かつては旧ソ連、韓国、中国の3カ所に拠点があった
決心を固め、真正面から「すいぶん前にもうかがったが、例の別班の海外展開先はどこなのか」と切り込むと、さまざまな話を持ち出して迂回しながらも、最終的には海外展開を認め、歴史的経緯と変遷にも言及した。
「かつては旧ソ連、韓国、中国の3カ所だった。冷戦終結後はロシアの重要性が著しく低下して、韓国、中国が中心になった時期もあった。現在の最新の拠点については詳しくは知らない」
また、海外での具体的な任務については、「別班員が海外でやっている仕事はいわゆる、ケースオフィサー(工作管理官)だ」と話してくれた。決定的証言だ――心の中のガッツポーズを見破られないように、冷静に受け止めたそぶりをした。
そして、少し間を置いて「失礼します」と告げるとトイレに駆け込み、メモ帳を広げてボールペンでキーワードを走り書きした。決して上品な行為とは言えないが、この日は不自然なほどトイレに立っては、走り書きを繰り返した。Fからは怪しまれていたに違いない。何しろ、防衛省・自衛隊の情報収集・分析機関のトップを経験したほどの男だ。私がトイレに行った回数や時間を冷静にカウントしていても不思議ではない。
しかし、そんなことに構ってはいられない。まさに必死だった。
「別班の海外情報は防衛省内でどう扱われるのか」
こう問いかけると、Fは詳細を明かしてくれた。
「別班長から、地域情報班長、運用支援・情報部長、陸上幕僚長の順に回す。陸上幕僚副長と情報課長には回さない。万が一の時(副長と課長が)責任を免れるためだ」
まったくの初耳で、まさに当事者しか知り得ない具体的な証言だった。
海外で暗躍する別班員の身分もわかり、決定的な証言を得た
収穫はほかにもあった。非公然情報組織の別班の存在についての認識を求めると、率直に告白してくれた。
「運悪く新聞に書かれたら、自衛隊を辞めるしかないと覚悟していた」
さらにシビリアンコントロールの問題で、首相、防衛相(旧防衛庁長官)の関与についてただしたところ、「(歴代の)総理も防衛大臣(旧防衛庁長官)も存在さえ知らされていない」と断言。海外展開する別班員の身分についても、裏の事情まで教えてくれた。
「海外要員は自衛官の籍を外し、外務省、公安調査庁、内調(内閣情報調査室)など他省庁の職員にして行かせる。万が一のことがあっても、公務員として補償するためだ」
「陸幕(陸上幕僚監部)人事部に別班担当者が一人いて、別班員の人事管理を代々秘密裏に引き継いでやっている」
もう十分だろう――取材はこれ以上ないほどの成果を上げることができた。