「イカ泳ぎ」を含めた「正しい浮き方」を教える

子どもの溺水事故では、足がつかない場所でパニックに陥り、何とか足をつこうとして沈んでしまうケースが少なくない。暴れたり声を出したりする間もなく溺れてしまい、親が気づくのが遅れる場合もある。

こうした悲劇を防ぐには、事前に上記の知識やイカ泳ぎを含む、正しい浮き方をしっかり教えておく必要がある。その際は言葉で伝えるだけでなく、プールで一緒に浮く練習をしてみるなど、擬似体験をさせておけるとより安心だ。

「目が届く」ではなく「手が届く」

そして、海や川、湖では必ず子どもと一緒にいること。「岸辺から見守っていれば大丈夫だ」と思って子どもだけで水に入らせると、思わぬ事故が起きることもある。スマホに見入ってしまい、顔を上げたら子どもの姿がなかったという例も実際にある。

「いくら事前に教えておいても、お子さんが水に入るときは必ず親御さんも一緒に入ってほしいですね。もちろん2人ともライフジャケットを着て、海なら自分がお子さんより沖合側に、川なら下流側にいるようにしてください。そうすれば、いざというときに助けられる確率が高くなります」(遠山さん)

海や川では、親は子どもに「目が届く」ではなく「手が届く」ことが大事なのだ。子どもの水難事故だけでなく、親が子を助けようとライフジャケットなしで飛び込み、一緒に溺れてしまうという悲しい事故も後を絶たない。こうした状況に陥らないためにも、「一緒に入る」は徹底しておきたい。

安全を確保して海に親しんで

とはいえ、本来、海水浴や水遊びは子どもたちにとって貴重な体験。遠山さんも江口さんも「子どもたちにはぜひ海に親しんでほしい」と口をそろえる。海や川は向き合い方を間違えれば危険だが、自然のすばらしさを大いに体感できる場所でもある。だからこそ、水の事故から身を守る最低限の術(水の護身術)を身につけてほしいのだと。

日本水難救済会では今後、学校教育の場で、イカ泳ぎをはじめとする安全確保方法の指導により力を入れていく予定だ。8月下旬には、同会のメンバーが全国の小学校で行っている「海の安全教室」に対し、事前の備えやイカ泳ぎの指導を取り入れてもらえるよう通達も出した。

「Xの投稿には多くの方から賛同のコメントをいただきました。これを機に、イカ泳ぎをはじめとする適切な安全確保方法の発信にさらに力を入れていきたいと思います。『バズってよかったね』で終わってはダメですから」(遠山さん)

海水浴や川遊びの季節が終わると、代わって増えるのがSUP(サップ:サーフボードのようなボードの上に立ち、パドルで水をかいて進む)や釣り人の水難事故だ。こちらも正しい知識を得て、事前の備えを十分にしたうえで楽しむようにしたい。

文=辻村洋子

遠山 純司(とおやま・あつし)
日本水難救済会理事長、元第3管区海上保安本部長

1985年海上保安大学校本科卒業、内閣情報調査室国際部内閣参事官、海上保安庁総務部教育訓練管理官、第10管区海上保安本部(鹿児島)本部長などを歴任。2020年4月から第3管区海上保安本部(横浜)本部長を務め、2022年6月から現職。日本大学危機管理学部非常勤講師、日本体育大学保険医療学部学事顧問も務める。

江口 圭三(えぐち・けいぞう)
日本水難救済会常務理事、前海上保安学校校長

1986年海上保安大学校本科卒業、海上保安大学校訓練部教官(体育、水泳、水上安全法)、内閣官房副長官補室参事官補佐、海上保安庁総務部政務課海上保安機関支援業務調整官、海上保安庁総務部教育訓練管理官などを経て、2020年4月から海上保安学校長。2022年6月から現職。