性別分業は宿命ではない
最後に、性別分業は女性の出産と授乳という「解剖学的宿命」にあるという説について検討してみよう。現実の狩猟採集民の生活を見てみると、女性は妊娠と出産という生殖機能にのみ彼女の人生を費やしているわけではない。
サンの女性は、出産の直前までブッシュを歩き回って狩猟や採集などをしており、「ブッシュの中で子どもを生んだ」という彼女たちの経験談も残っている。出産後は乳飲み子を背負ってブッシュに出ている。1~2歳になると、同じキャンプに住む大人たちや、兄姉たちに子守りを任せて母親は出掛けることができる。また、父親も育児に参加し、キャンプで皮なめしの作業をしながら子どもたちを傍らで遊ばせたり、子どもを肩車したりして知人を訪問しているといった光景はよく見られる。実際、サンに限らず多くの狩猟採集社会では、余暇時間が大量にあるために、女性の諸活動は母親としての役割から大きな制約を受けることはないのである。
「男は仕事、女は家庭」という固定観念は、戦後、日本経済の高度成長(男性のサラリーマン化)とともに形成されたもので、歴史的に日の浅いものであるといわれる。しかし、この近現代の産業社会における女性の位置づけを相対化することなく、時空間をこえた唯一の真実であるかのように考えたことが、「男は狩猟、女は採集」という定説に縛られてきた原因なのである。
1960年生まれ。1991年京都大学大学院理学研究科博士課程単位取得退学。博士(理学)。専攻は生態人類学、アフリカ・中央アジア地域研究。主な著作に、『砂漠に生きる女たち カラハリ狩猟採集民の日常と儀礼』(どうぶつ社、2010年)、『ラクダ、苛烈な自然で人と生きる 進化、生態、共生』(編著、風響社、2023年)などがある。