根源的な問いを習慣づける

だが、会社の将来を考えた場合、常務の判断が正しかったとは言いがたい。社長が賛同して全社的な風土改革に取り組む可能性は十分にあった。建白書が大きな変革の第一歩になったかもしれないのだ。

日の目を見なかった建白書は、社内や業界内に染みついたお作法が、悪意なき隠蔽をしばしば生むことを示している。

ゴミ箱からはみ出している紙ごみ
写真=iStock.com/Ralf Geithe
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常務がお作法より、事実への誠実さを優先する姿勢でいたなら、自分もリスクを冒して社長への提案にチャレンジしただろう。熱量のこもったメッセージを読んでもらい、「メンバーと会ってみたらどうですか」と推すこともできたはずだ。社長というのは、部下が考えるほど料簡は狭くないことが多いのだ。他の役員が「けしからん」と言い出せば、常務自ら矢面に立つぐらいの覚悟があってもよかった。

そういう役員がいてこそ会社は成長する。古い体質を壊すときは必ず抵抗があり、痛みを伴うものだからだ。

「どうやるか」の前に「なぜ、やるのか」

若手社員の建白書に印象に残る視点があった。自分たちはいつも「どうやるのか」に思考が狭められ、問題に気づかない。「なぜ、問題が起こるのか」と本質に向かう角度で考える人が少ない、という指摘だ。

思考が「どうやるのか」に限られてしまうのは、根源的な問いを禁じた武家社会の名残りだ。前提が固定されると、どうしても「どうやるか」と考えてしまう。対症療法ばかりで原因を追及できないのだ。ジャニーズ事務所が設置した「再発防止特別チーム」は、「事務所の組織風土やガバナンスに問題がなかったかを検証する」と、都内で開かれた記者会見で発表された。特別チームの議論が「どうやるか」の再発防止策をまとめることに終始せず、「なぜ、問題が起こったのか」という本質に向かう議論を尽くしてこそ、元ジャニーズJr.メンバーの勇気ある告発に報いることができる。BBCの発した疑念に答えることにもなり、“公然の秘密”や“暗黙の了解”といった日本の悪しき習慣とは無縁の組織風土を醸成することにつながるのだ。

お作法は、古い体質の企業だけでなく、日本人の生活習慣となっている。BBCのドキュメンタリー番組という“黒船”が来なければ、ジャニーズ問題も単なる暴露話で終わっただろう。今回の騒動は、日本の組織や社会を改めて振り返るチャンスとも言い得る。

柴田 昌治(しばた・まさはる)
プロセスデザイナー代表、創業者

1979年、東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。86年、日本企業の風土・体質改革を専門に行なうスコラ・コンサルトを設立。30有余年にわたる改革の現場経験の中から、タテマエ優先の“調整文化”を象徴する〈閉じる場〉が培養する、社員の思考と行動の縛りを〈拓く場〉を経験することで緩和し、変化・成長する人の創造性によって揺らぎながら組織を進化させる方法論〈プロセスデザイン〉を結実させてきた。『なぜ会社は変われないのか』『トヨタ式最強の経営(共著)』『なぜ社員はやる気をなくしているのか』『どうやって社員が会社を変えたのか(共著)』『なぜ、それでも会社は変われないのか』(いずれも日本経済新聞出版)、『成果を出す会社はどう考えどう動くのか』(日経BP社)、『日本企業の組織風土改革』(PHPビジネス新書)、『日本的「勤勉」のワナ まじめに働いてもなぜ報われないのか』(朝日新書)など著書多数。