社長への建白書をまとめた社員たちのケース
大企業であればあるほど「なぜ、正しい考えを持っているのにハッキリ言わないのか」ともどかしく思う社員たちは多い。仕事に意欲的でハッキリ自己主張する社員のほうが変わり者と見られがちなのだ。
しつけにより叩き込まれたお作法はいつの間にか無自覚になり、社員の情熱やモチベーションを奪い、組織の停滞を招く原因の一つになると私は考えている。
伝統のある重厚長大な大企業で、お作法の弊害を痛感したことがある。重大なコンプライアンス問題をきっかけに、正しく行動できる社員を増やそうと風土改革に取り組んだときのことだ。5年ほどで中心メンバーは目に見えて高い成果を上げた。しかし会社全体としては旧態依然としていたから、もっとコンプライアンス意識を高めようと、課長を含めた若い社員たちが集まった。
彼らは社長に直接思いを伝えようと提案書を作成した。いわば「建白書」である。古い体質の企業では、過去に例がない奇想天外な発想だった。
彼らは何度も書き直して9000字に及ぶ草案を仕上げた。私から見ても、実に素晴らしい内容だった。会社の将来を思う気持ち、よりよい組織に変えていきたいという熱情にあふれ、具体的な施策が提案されていた。
善意からの隠蔽も事実を歪める
彼らはそれを信頼する常務のところへ持って行った。その常務は最初に風土改革に取り組んだ部門のトップだったから、提案の意図がわかる。別部門の担当役員になってからも、元部下たちをいつも気にかけて相談にも乗ってくれる。彼らが最も信頼ができる人物であり、社長と直接話す機会も多いので、提案書を託すにはうってつけだった。
しかし、提案書は社長の元に届かなかった。お作法に反したことがない生真面目な常務は、なかったことにしたのだ。
社長が提案書を読んでいたらどうなっただろう。提案書に込めた彼らの熱い思いは社長にきっと響いたはずだ。実際に採用するかどうかはともかく、社員の意欲的な姿勢を喜ばない経営者はいない。
常務も悪意から揉み消したわけではない。お作法に外れる無鉄砲な行動は、若い社員の将来にマイナスだと常識的に判断したのだ。たしかに他の役員が「建白書とはけしからん。会社の秩序が乱れる。厳罰に処すべき」と言い出さないともかぎらない。元部下たちの将来を案じ、心配が高じて揉み消したのだと私は理解している。むしろ、善意からの隠蔽なのだ。