長篠の戦いの勝敗を決めたのは地の利と物流だった
武田・北条ら東国大名にとって、西国・畿内の物資を仲介してくれる重要な存在は、伊勢商人であったと推定される。とりわけ大湊の商人は、信長の圧力を受けながらも、交易を継続していた。天正3(1575)年、大湊が織田氏の支配下に入った後も、秘かに東国大名との交易は続けられていたようだ。しかしながら、その規模は縮小するいっぽうであり、信長の物資統制が、武田勝頼を苦しめていたことは想像に難くない。
このようにみてくると、長篠合戦とは、「新戦法対旧戦法」ではなく、豊富な物流と物資を誇る西国、畿内を背景にした織田と、それに乏しい東国の武田の戦い、つまり西と東の激突といえるだろう。むしろ、物量の差という側面こそを重視すべきである。
1964年、東京都生まれ。立教大学大学院文学研究科博士前期課程史学専攻(日本史)修了。山梨県立博物館副主幹、山梨県立中央高等学校教諭などを経て、現在は健康科学大学特任教授。大河ドラマ「真田丸」「どうする家康」の時代考証を担当。著書に、『真田信繁』『武田氏滅亡』『戦国大名と国衆』『徳川家康と武田信玄』(角川選書)、『戦国の忍び』『小牧・長久手合戦』(角川新書)、『天正壬午の乱 増補改訂版』(戎光祥出版)、『新説 家康と三方原合戦』(NHK出版新書)、『徳川家康と武田勝頼』(幻冬舎新書)などがある。
