ピンチのときに敵が引き揚げていく家康の幸運
この武田軍の退陣、そして信玄の死去によって、家康はまさに窮地を脱することになった。信玄の病状が深刻化することなく、そのまま進軍を続けていたとしたら、残された領国をも経略されるなど、徳川家の存立そのものが危機におちいった可能性すらあった。
しかし家康は、その危機を乗り切った。しかもそれは信玄の病気という、家康にはどうしようもないことによった。ここに家康の、桶狭間の戦いの後、今川氏真に攻められたとき以来の強運をみることができる。家康はかろうじて、滅亡を覚悟せざるをえないほどの、信玄の脅威から解放されたのであった。
1965年生まれ。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。博士(日本史学)。専門は日本中世史。著書に『下剋上』(講談社現代新書)、『戦国大名の危機管理』(角川ソフィア文庫)、『百姓から見た戦国大名』(ちくま新書)、『戦国北条五代』(星海社新書)、『戦国大名北条氏の領国支配』(岩田書院)、『中近世移行期の大名権力と村落』(校倉書房)、『戦国大名』『戦国北条家の判子行政』『国衆』(以上、平凡社新書)、『お市の方の生涯』(朝日新書)など多数。近刊に『家康の天下支配戦略 羽柴から松平へ』(角川選書)がある。