悪いことをして叱られることで人間関係を築いてきた

男性優位の社会の中で、「黙らないこと」はストレスではないのだろうか。ストレスがあまりにも大きいからこそ、出世を望まない女性が増えているのではないか。

「私は、生い立ちが違うから。子どもの頃から悪いことたくさんして、叱られることで、地域のおじさんおばさんとの繋がりを作ってきた」

今野さんが語り出したのは、サツマイモ泥棒の話だ。

幼いある日、今野さんが近所の「悪ガキ」たちと遊んでいると、どうにもこうにもお腹が空いてしまった。ふと見ると、サツマイモ畑がある。おいしそうなサツマイモがチラリと土から顔を出している。我慢できずにみんなでそのサツマイモを掘ってかじろうとしたその時、農家のおじさんに見つかってしまった。

「おじさんが『こらー』って鍬を振り回しながら追いかけてきたんだけど、足の遅い私だけが捕まってしまった。『また、お前かー。逃げたのは何人だ』っておじさんが言うから、私を入れて7人ですって言ったら、丸々としたサツマイモをぴったり7本くれた。『持って行け』って。それでも二度と来るなとは言わないのね」

今野さんは「悪いことをして叱られる」を通して、人間の繋がりは深まっていくのだと言う。上司が不条理なこと、腑に落ちないことを言ったら、後先考えずにとにかく反論した方がいい。トラブルを起こせばいい。そこからしか、長く継続していく本物の人間関係は生まれない。

「一番正直なのは、直感ね。何かおかしいと直感的に思ったら、『部長、私はこう思っているんですけれどどうですか?』って言えばいい。腑に落ちないことにハイハイわかりましたなんて言っていると、審議会と同じことになっちゃう」

地位も名誉もお金も関係なく没頭できる仕事を

今野さんは55年間の仕事人生を通して、ハイヒールを履き続けてきた。87歳になった現在もハイヒールを履き続けている。まだ、やり残したことがあるのだろうか?

「私ね、ぺたんこの靴を履くと疲れちゃうの。世界博でニューヨークに行って、その後、世界を放浪した時もずっとハイヒールを履いていた。日本を代表するつもりで旅をしていたから、『貧乏国日本から来た女』とは思われたくなかった。尊い仕事って何だと思いますか? それは、地位も名誉もお金も関係なく、迷わずに没頭できること。それこそが尊い仕事。そういう価値観をこの国に作っていくことが、これからの私の仕事」

とりあえず、今野さんの「動物との交流記」が出版される日を、楽しみに待つことにしよう。

山田 清機(やまだ・せいき)
ノンフィクションライター

1963年、富山県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』(朝日文庫)、『東京湾岸畸人伝』『寿町のひとびと』(ともに朝日新聞出版)などがある。