経常収支の赤字化で「有事に弱い円」に
円安を促進する要因は、さらにある。それは、経常収支の赤字化だ。
2022年1月の国際収支統計(速報)によると、経常収支は1兆1887億円の赤字となった。赤字額は14年1月(1兆4561億円の赤字)に次いで過去2番目の大きさ。赤字は2カ月連続だ。
これまでも、貿易収支は赤字になることがあった。しかし、巨額の対外純資産から生み出される第1次所得収支の黒字が大きいため、経常収支は黒字になっていた。
ところが、その状況が最近になって変化したのだ。
仮に経常収支の赤字が恒常化すると、ドルに対する需要が増大する。したがって、ドル高・円安がさらに進むこととなる。
これまで、日本円は、「有事に強い」と言われてきた。有事の際の「セイフヘイブン」とみなされて円に資金が流入し、円高になる場合が多かったのである。
ところが、現在は、ロシアのウクライナ侵攻という「有事」であるにもかかわらず、これまで見たように顕著な円安が進行している。「有事になると、原油価格が上昇し、それが日本の経常収支赤字を拡大する」という連鎖が生じているのではないかと考えられる。
第1次所得収支の黒字には、まだ傾向的な変化は見られない。しかし、対外資産から生まれる収益が日本国内に還流せず、海外で投資され続けられるようになったのではないかとも言われている。
円安が国益であるはずはない
「円安が国益という考えは全く間違い」というのが、『日本が先進国から脱落する日』で強調した最も重要なメッセージだ。そのことが、この数カ月で、ますます明確になっている。
そもそも、円が安くなるとは、日本人の働きが国際的に見て低く評価されることを意味する。そんなことを喜ぶ国民はいない。それにもかかわらず、日本人は、「円安が国益だ」という誤った考えに、数十年の間、取り憑かれてきた。なぜかと言えば、円安になると、企業の利益が増えるからだ。
これは、つぎのようなメカニズムによる。
いま、日本の輸出品のドル表示での価格が一定であるとしよう。円安が進めば、円表示での輸出品価格は増大する。だから、輸出産業の売上高は増える。だから、輸出産業の利益が増える、と説明されてきた。
しかし、このメカニズムにはトリックがある。なぜなら、第1に、輸入品価格も円安によって増えるからだ。したがって、原材料価格も上昇する。この影響を考えると、企業の利益が増えることにはならないはずである。企業利益が増えるのは、原材料価格の上昇を、製品価格に転嫁してしまうからだ。
第2のトリックは、円建ての売上高が増加するにもかかわらず、国内労働者の賃金を引き上げないからである。したがって、ドルで評価した賃金は低下することになる。
この2つのトリックがあるために、円安になると、企業利益が増加するのだ。結局、消費者と労働者の犠牲によって、企業利益が増加することになる。
しかし、このメカニズムは、分かりにくい。したがって、消費者が価格転嫁に反対することはなく、また労働者は賃金が抑えられていることに反対しない。
こうして、企業の立場からすれば、円安になれば、自動的に利益が増えることになるのである。これによって利益を受けるのは、企業の保有者、つまりその企業の株主だ。
ここで注意すべきは、円高になると、以上とは逆の現象が起きてしまうことだ。賃金は、円高になったからといって減らされることはない。したがって、企業の利益は減少することになる。
2000年以降円安政策がとられたが、円高が進んだ時もある。したがって、企業の利益が恒常的に増えたわけではないのだ。