厭味、皮肉、ひとこと多い言葉は使うな
いじめを乗り越えた経験は、棚原さんのチームビルドに大きな影響を与えている。いじめっ子たちは、いわば最良の反面教師でもあったのだ。
「ああいう目に遭ったからこそ、ああいう人間だけにはなるまいって思えたんです。だからウルフの子どもたちにも、『厭味、皮肉、ひとこと多い言葉は使うな』と指導してます。もちろん、指導する大人たちもそういう言葉は一切使いません。子どもの体は勝手に大きくなっていきますけど、心をどう育てるかが一番大切なんです。その大切な役割を担っている大人たちが意地の悪い言葉を使っていたら、子どもは間違いなく真似をしますからね」
いじめられた体験と同時に、育った家庭の影響も大きかった。道楽が過ぎて家にお金を入れなかった父親に対して、母親は決して悪態をつくことがなかったというのだ。
「母はしつけに厳しい人だったし、かわいがるという形で子どもに愛情を注ぐ人ではなかったですが、とにかく夫婦喧嘩というものをしたことがなかった。だから、家の中がいつも穏やかだったんです。親子喧嘩もないし、兄弟喧嘩もない。家計は大変な状況だったけれど、家の中に争いというものがなかったんです」
家庭とは、子どもが生まれて初めて出会う社会だと棚原さんは考えている。その小さな社会を争いのない穏やかなものにしていく知恵が、家庭の外側にある大きな社会を生き抜いていく知恵に繋がっていく。
「減らん体を動かせ」
「いま、うちの旦那さんは要介護状態なんですが、旦那さんが『水』と言ったら『はい、お水』、『チャンネル』と言ったら『はい、リモコン』。『はい』と返事をした瞬間に、もう体を動かしているんです。だから、夫婦喧嘩なんて起こるはずがないんですよ」
一見、男尊女卑そのもののように思えるが、必ずしもそうではない。棚原さんは自分の子どもたちも、男女を問わずそのように育ててきたのだ。
「うちのご飯は、テーブルに何もない状態から始まるんです。うちは長幼の序を大事にしているんで、長男が『ご飯の支度!』と言うと、みんな一斉にご飯の支度に動き始める。テレビを見てても何をしてても、みんなさっと動き出すんです」
表面的な言葉の丁寧さだけでなく、そこに「動く」という行為が伴って初めて、円滑な人間関係が築かれていくのだ。
要介護状態にある夫の要求にふたつ返事で応じる棚原さんは、一見、夫を立てる古風な良妻を演じているように見える。しかし、棚原さんの主眼は「男を立てる」ところにあるのではなく、すぐに「動く」ことにある。そして、このすぐに動く姿勢こそ、棚原さんの家庭に、そしてリトルウルフに、争いのない穏やかな空気を醸成することに繋がっているのではないか。
「だって、それをやったからって体は減らないじゃないですか。だから私は、子どもたちにいつもこう言うんです。減らん体を動かせって」