現地を訪れ、現物に触れることでテキストや画像から得た断片的な情報がつながっていく
本人も気付いていない課題や理想を引き出す
クリエーティブの仕事というと、一人で黙々と考え込んだり、悩んだり、そうした場面を思い浮かべる人が多いかもしれません。でも僕は、互いに意見やイメージを交換したり、議論したりする打ち合わせもまた、クリエーティブな行為だと考えています。ジャズのセッションが一つの作品であるように、コミュニケーション自体が大事な成果物。実際、一人で集中してデザインを詰めたりはするものの、アイデアをまとめるために改めて時間を取ることはほとんどありません。
では、どのようにして打ち合わせの質を高めるか──。大切にしているのは、できる限り現地に足を運び、直接人と会うことです。オンライン会議も便利ですが、やはり得られる情報量に格段の違いがある。例えばクライアント企業に出向けば、その土地の雰囲気や職場環境を感じられるし、社員の人たちの仕事ぶりも見て取れます。
僕が打ち合わせで心掛けているのは、相手の本音というか、むしろ本人も気付いていない課題や理想を引き出すことです。そうした話がコンセプトづくりや戦略策定の質を高める要素になります。ただ無意識下にある潜在的な思いというのは、あらかじめ用意された内容だけをやりとりしていてもなかなか出てこない。こちらからいろいろな話題を投げかける必要があります。そこで重要なのが本題とは一見無関係に見えるものを含めた雑多で幅広い情報で、現場に身を置くと知らず知らずのうちにそれを吸収することができるのです。
センサーを働かせて“全体像”をつかむ
有田焼の創業400年事業は、現地を訪れ、現物に触れることの大切さを強く実感したプロジェクトの一つです。一口に400年の歴史といっても、資料だけでその重みを理解するのは難しい。それが、江戸時代に原料の陶石が発見された泉山に足を運び、博物館で有田焼の100年ごとのイノベーションを目の当たりにすると、テキストや画像から得た断片的な情報がしっかりとつながりました。
また、たくさんの窯元の方と直接話し、多くの磁器に触れていると、有田焼が大切にしているものがだんだんと分かってきます。それぞれの個性を超えたところにある本質が見えてくる。クリエーターにとって、そうした“全体像”をつかむことはとても重要で、その上で対象をデザインに落とし込んだり、別の形で表現することが、まさに僕たちの仕事にほかなりません。
オンラインやデジタルにはもちろんその強みがありますから、リアルとアナログを対立させて考える必要はないでしょう。例えば今のデジタルカメラなら、肉眼では捉え切れない微細な部分まで鮮明に映し出せる。それを見ることも私たちにとっては現実の体験です。しかし、デジタルデータで温度や匂い、手触りを送ることはできない。物事の全体像を伝えるという面ではやはり弱点があります。
さらに言えば、私たちの感覚は単純に五感だけで説明できるものではなく、もっと高度で複雑な仕組みに違いない。直感とか第六感という言葉もあるように、まだ解明できていない感覚も使いながら、世界を認識しているはずです。その意味では、人間が本来備えている感覚、感性を磨く意識を持つことが大切。便利で快適な半面、リアリティーを感じるセンサーが働きにくくなっているのが今の時代です。そうした中でセンサーの駆動を後押しするのが、実際に私たちが生きている現実の社会でさまざまな体験をすることだと思います。
移動の時間は集中できる貴重な時間
現地、現物がいろいろなことを教えてくれる一方、僕にとっては、そこに向かう移動の時間も実は大切なものです。なぜなら、それは誰からも干渉されることなく、一人で集中できる貴重な時間だから。例えば、東京から大阪までの新幹線の移動は、原稿を書いたり、企画書をまとめたりするのにちょうどいい。資料や映像を見直すこともできます。事務所でバタバタして、やるべきことがたまってきたときなど、「来週は出張があるから、行きにこれ、帰りにあれをやろう」と考えることで、気持ちが落ち着きます。
広告代理店から独立し、事務所を立ち上げておよそ20年。この間にも、企業や社会が抱える課題はいっそう多様化、複雑化しています。それは、打ち合わせの持つ意味がますます大きくなっているということでもあるでしょう。一方向からの視点では、課題解決が容易ではない現在、異なる考えや価値観を持つ人たちが共創することが求められています。そして、そこで生まれたアイデアを具体的な形にしていくのが僕たちの役割です。クリエーティブの力で社会をより良いものに。今後は、そうした意識をより強く持って仕事をしていきたいと思います。