“想定外”をいかにビジネスに取り込めるか──これは経営の重要なポイント

コミュニケーションアプリ「LINE」を経営トップとして世界的なツールに育てた森川亮氏。現在は、ライフスタイル提案メディアの運営やeコマース事業を行うC Channelの代表を務めている。これまでオンラインでのコミュニケーションの進化に貢献してきた同氏が考える“対面でのやりとり”の重要性とは──。

アナログとデジタルは目的によって使い分ける

長くITの世界で仕事をしているので、デジタル派の人間だと思われがちですが、どちらかといえば私はアナログ派。例えば音楽なら、できればレコードでじっくり味わいたい、ライブが最高というタイプです。

デジタルの利便性を今更語る必要はありませんが、一方でそれはある程度データを圧縮したり、間引いたりすることで成立している。生の情報とは異なるのも事実です。その意味で、アナログとデジタルはどちらがいい、悪いではなく、目的やシーンによって使い分けるべきものだと思っています。

そしてそれは、コミュニケーションにおいても同じです。すでに人間関係が出来上がっている相手であれば、メール一本、スタンプ一つ送れば十分というやりとりもあるでしょう。ただ、新たに取引がスタートする、これまで以上に信頼関係を深めたい。そんなときは、やはり直接会って、言葉だけでは伝わらない先方の熱意を感じたいし、こちらの思いも届けたいと思います。

実際、人と会うことは経営者の大事な仕事で、私も取引先や事業のパートナーの方たちとの商談、会食に各地を飛び回っています。オンラインでのミーティングは効率的で時間の節約にもなりますが、決められた時間、アジェンダの下で行われることが多いため、どうしても話が“脱線”しにくい。雑談ができません。それが対面だと、ふと思い付いたことを口にしたり、ついでの相談をしたりということがやりやすい。これまで何度も、ちょっとした話の脱線が課題解決や新たなビジネスのきっかけになったことがありました。

森川亮 (もりかわ・あきら)
C Channel株式会社 代表取締役社長
1967年神奈川県生まれ。89年筑波大学を卒業し、日本テレビ放送網に入社。在職中に青山学院大学大学院にてMBA取得。2000年ソニー入社。03年ハンゲームジャパン(現LINE)に入社し、07年社長に就任。15年に退任し、C Channelを創業。

“初めて”や“苦手”を経験する。それでこそ感性は磨かれる

“想定外”をいかにビジネスに取り込むか──。これは経営における重要なポイントだと私は思っています。もし、あらかじめ定められた範囲の中でビジネスを回すだけなら、AIなどに意思決定を任せた方が生産性は高まるかもしれない。デジタル技術は、ルーティン作業を最適化するのに抜群の力を発揮します。ただ、そこに伸びしろはなく、新たな価値は生まれない。過去のデータに縛られない自由な発想の中にこそ、まさに予想できない成長の芽があるのです。

そうした中、「旅行」は、普段会えない人、経験したことのない出来事に出会える貴重な機会の一つです。太古から人類は、未知の土地に足を運び、そこで異なる社会や文化と交わることで発展してきました。その意味で、私たちにとって“移動すること”は本能的な欲求なのではないかと感じることがあります。

旅に出れば、さまざまな刺激を受け、感性が磨かれる。そこで大事なのが好奇心です。これがないとせっかく見知らぬ場所に行っても、得るものは少ないでしょう。例えば、初めての土地で慣れ親しんだ食べ物ばかりを注文していては駄目で、初めてのもの、苦手なものも食べてみる。良いことも悪いことも両方経験し、その「幅」を知ってこそ、本当の価値を発見できるのです。

最近は、若者の旅行離れも叫ばれています。理由の一つには、「行かなくても、その場所のことは分かる」というものもあるそうですが、匂いも、音も、風景の広がりも、現地に行かなければ分からない。どんな情報も手軽に入手できる時代だからこそ、それで理解した気にならず、リアルな体験をすることがますます重要になっていると思います。それが、自身の感性を高め、可能性を広げることにつながるのではないでしょうか。

人は本当に欲しいものに案外気付いていない

「ビジネスは、求める人と与える人のエコシステムである」というのが私の持論。寒い日には温かいものを、暑い日には冷たいものを提供する。とてもシンプルです。ただ、現実のビジネスにおいて顧客が真に求めているものを見いだすのは実は簡単ではありません。なぜなら人は、自分が本当に欲しいもの、必要なものに案外気付いていない。そこで、潜在的なニーズを察知する力が重要になるのです。

私自身、そうした感性に磨きをかけ、これからも社会に貢献していくことが望みです。現在当社が手掛けている Lemon Squareは単にインフルエンサーを紹介するシステムではなく、ブランドとファンをマッチングすることが事業の本質。まさに、これからの時代に求められるプラットフォームです。

もちろん新たな価値を創出するというのは簡単なことではありませんが、LINEを辞めたとき心に決めた「残りの人生を日本を元気にするために使う」を実践すべく、今後も挑戦を続けていきたいと思っています。

私の出張アイテム
移動中はインプットの時間なので、かばんにはビジネス関連の書籍が必ず数冊。手帳は「7つの習慣」の実践に役立つフランクリン・プランナーのものを使用。仕事の予定、使ったお金、食べた物などをまず手書きし、後でPCで管理しています。

Face to Face ─場の共有が生み出すもの─