相手の反応を直に感じられると自然と言葉が熱を帯び議論の内容も深まっていく

100年後に旅産業は世界で最も大切な平和維持産業になっている──。そうした思いの下、各地に旅館、リゾート施設を展開する星野リゾート。代表を務める星野佳路氏は、年間を通じて視察や打ち合わせ、現地説明会などで全国を飛び回っている。

できるだけ季節ごとに現地に足を運ぶ

私の場合、冬場は基本的にスキー中心の生活なので、ビジネスシーズンは主に4月から11月。そのおよそ半分は、どこかしらに出張をしています。特に新たな施設をオープンするとなれば、企画段階から3、4年、時にはそれ以上掛かるため、その間何度も現地に足を運ぶことになります。

実際に施設が建つ場所はもちろん、近隣の自然環境や観光資源、周りでどんな事業が行われ、どのような商品、サービスが提供されているか──。その場に行かないと分からないことは山ほどあって、小さな気づきが施設のコンセプトを決めるのに大きな役割を果たすことも少なくありません。事前の資料や報告と印象が異なり、計画をゼロから見直したケースもありました。

そんな視察で私が心掛けているのは、できるだけ季節ごとに現地を訪れること。当然ながら、同じ場所でも季節によって見せる表情はさまざまですから、それをきっちりつかんでおかないと開業してから苦労する。中でもオフシーズンの対策は重要で、その時期にいかに価値あるコンテンツを提供できるかどうかが、施設運営の成否を分けることになります。

一方、プロジェクトが進行する中では、地元の方たちにその内容や意義を説明しに行く機会も多くあります。例えば竹富島には計画の段階で10回以上訪問しました。元々現地事業者からの要請でスタートした案件でしたが、さまざまな意見、考えがある中、島全体が一つになって魅力を発信していくことがいかに大切か──。一軒一軒お宅に伺い、お話ししたこともありました。

相手の立場になれば、私たちが信頼に値する存在かを見極めたい。そうした思いもきっとあったはず。その中でこちらの本気を伝えるにはやはり面と向かってのやりとりが不可欠でした。

星野佳路(ほしの・よしはる)
星野リゾート 代表
1960年長野県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。米国コーネル大学ホテル経営大学院修士課程修了。91年より現職。いち早くリゾート運営サービスの提供に特化し、「星のや」「界」「リゾナーレ」「OMO(おも)」「BEB(ベブ)」などのブランドでホテル、リゾート施設を展開している。

新卒社員を集めて話をする機会も設けた

今の時代、オンラインでの会議や打ち合わせも当たり前になり、当社でも日常的に実施しています。ただ個人的には、可能な限り対面でのコミュニケーションを選択したい。一番の理由は、相手の反応を直に“感じられる”からです。単に声が聞こえる、顔が見えるというのではなく、同じ空間にいると、相手の気持ちや考えを感じ取ることができる。すると、こちらもそれに応じて表現を変えたり、伝え方を工夫したりすることができます。

昨年の春はコロナ禍で入社式を行えず、新卒社員はそのまま各施設に配属されることになりました。そこで、出張で近くに行った際には、新卒を集めて話をする機会を持ちました。やはり様子を知りたいし、星野リゾートの理念なども直接伝えたい。例えば役職や立場に関係なく、誰もが思っていることを言えるフラットな組織文化。これは私たちが最も大切にしているものの一つです。

実は最近、この組織文化を維持するのにも、フェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションが重要だと感じています。なぜなら、侃々諤々、互いに意見を主張し合うには対面の方が向いている。自分の提案が受け入れられているのか、いないのか──。その場で相手の表情の微妙な変化やちょっとした仕草を感じながら話をしていると、自然と言葉に熱が籠もります。そうすると、聞いている側も話し手の真意やこだわりをより理解でき、議論が深まっていく。なので当社では、大事な会議はできるだけ対面。各施設で行われるものについても、私自身、極力出席するようにしています。

現場の意見を引き出し経営判断につなげていく

会議での私の役目は、主にファシリテーターです。必要に応じてトップダウンで仕切ることもありますが、基本的には現場のスタッフが思っていることを存分に話せる環境をつくるのが仕事。それこそ、出席者一人一人を観察し、言いたいことがありそうな人がいれば声を掛け、場の熱量が上がるのを後押しします。

なんと言っても、お客さまのこと、施設の課題を一番つかんでいるのは最前線のスタッフです。その実感に基づく意見、アイデアを引き出し、正しい経営判断につなげていくことがトップの大事な務めだと考えています。

世界を見渡せば、日本の旅行関連産業ができることはまだまだたくさんあります。例えばデジタル化が進む中、海外では観光と宿泊施設と交通機関をセットで簡単に予約できるようになっている。そうした部分の改善にも貢献し、日本の旅を買いやすくしていきたい。今後も、現場が自律的に考え、行動するフラットな組織の下、目の前のお客さまが真に求めているものを追求し、日本の旅の価値を高めていきたいと思います。

私の出張アイテム
視察では風景から食事まであらゆるものを記録するのでカメラが必需品。バックパックや財布は、丈夫で使いやすいスイスのブランド「フライターグ」のものを愛用。素材にはトラックの幌などが再利用され、環境性の高さにも共感しています。

Face to Face ─場の共有が生み出すもの─