若いときの10万円と年を取ってからの10万円は違う
——なかなか収入が上がらない時代だからこそ、少額ずつでも投資し老後の資金にしようという動きはありますね。
【羽田】でも、それを30年後に達成したところで、年間250万円の配当益を使う生活が果たして追い求めていたものなのかということも描きたかったんです。実際に投資をしている人の多くは、歳を取ったとき、自分の体力や交友関係が現在のままではないことを想像できていない。今はやりの「FIRE」(早期リタイア)を目指すにしても、倹約のために何かやりたいことを我慢するぐらいなら、投資なんてしないほうがマシですよね。明日、事故で死ぬかもしれないわけだし。
――そこは「お金は使って初めて生きたものになる」という小説の中のメッセージをそのまま受け取っていいのでしょうか。
【羽田】そうです。若いときの10万円と年を取ってからの10万円は違う。人生の時間だけは巻き戻せないのだから、「貯金なんかしないでお金を好きなことに使ったほうがいい」と身近な人たちには言っています。例えば、今はなかなか難しい状況だけれど、若いうちに海外旅行に行っておくとか。
実は5年間寝かせた作品だった
——華美が毎晩パソコンでニューヨーク市場をウォッチするなど、投資に励む描写がリアルでした。実際に羽田さんも米国株の売買をした経験がありますか。
【羽田】大学を出て1年半で専業小説家になったんですが、華美のように断りはしないまでも飲み会の誘いを吟味したり、ちょっとした楽しみを犠牲にして節約していました。しかし、書店でも小説のコーナーがどんどん縮小されていくのを見て、27歳ぐらいのときに確定拠出年金をきっかけに投資を始めました。今となってはもう冷めちゃいましたけど。
——投資に夢中になっていた時期が過ぎてから書いた小説ということでしょうか。
【羽田】本作を書き始めたのは2014年の終わりからで、原稿用紙約100枚分を書いたところで自分の興味が変わってしまった。株で資産を増やす人の切実な気持ちがよくわからなくなり、5年ほど放っておいたんです。そして、去年、その原稿を読み直したら「わりといいな」と思ったんですよ。お金に対する幻想がなくなったところで客観的に読んだので、「では、これに何をプラスすればいいか」と考えて、直幸の抱く、華美とは対極的な価値観を書きました。