選手の能力を一瞬で引き出す
試合中の声掛けも、宇津木監督らしい気遣いがあった。
「後藤選手は明るくあっけらかんとした性格で、プラス思考。一瞬の集中力がすごいので、大事な場面では、自信を持たせる言葉を掛けると力を発揮できるんです。決勝戦の時は、『とにかく思い切り投げろ』と言ったら『ハイ』と返してきたので、大丈夫だと確信しました」と指揮官は言う。
「選手一人ひとりの能力を、大切な一瞬に引き出すためにはどうすればいいか、常に考えている」と語る宇津木監督。「選手に何かを伝えるとき、私だけの考えだと、選手にとっては物足りないんじゃないかと思うんですよね。選手にどんなことを、どんな風に伝えるといいのか。そういったヒントが欲しいときには、本を読みます」
日頃から読書を欠かさず、野村克也さん、長嶋茂雄さん、落合博満さんといった野球の名将本はもちろんこと、シドニィ・シェルダンや曽野綾子さんらの小説、自己啓発本やビジネス書にも目を通す。最近では、脳科学者・中野信子さんの本も参考になったという。中国出身の宇津木監督がそこまで深く情報を収集しているのも、選手とチームの成長のため。彼女の知的好奇心と人を思う気持ちの強さは特筆に値する。
日本のソフト、世界のソフトを盛り上げたい
ソフトボールは残念ながら3年後の2024年パリ五輪では正式競技から外れてしまう。9月上旬に行ったインタビューで今後について聞くと、「先のことはまだちょっとわからないんですよね」と本人は答えていたが、9月23日の日本ソフトボール協会理事会で代表監督続投が正式決定。1年後の2023年アジア大会(中国)を目指して再始動することになる。
「私は人が好きだし、教えるのが好き。それに、ソフトしかできない人間なので、やめたら何も残りません。嬉しいことに、上野も『麗華さんのために現役を続けます』と言ってくれた。私の方は『あんた、(上野選手が好きな)アンパンマン(のように人のために頑張る正義の味方)になりそうだね』と返しましたけど。上野と一緒に、もっと日本のソフト、世界のソフトを盛り上げたいと思っています」
文=元川 悦子
1963年6月1日、中国・北京生まれ。ソフトボール中国代表として活躍後、1988年に24歳で来日。ビックカメラ女子ソフトボール高崎の前身である日立高崎に入団し、95年に日本国籍を取得。2000年シドニー・2004年アテネ五輪に日本代表として出場し、メダル獲得に貢献した。引退後は指導者に転身し、2005年4月からビックカメラ高崎の監督に。2011年に1度目の日本代表監督に就任し、2015年にビックカメラ高崎監督に復帰。2016年から2度目の日本代表監督となり、2021年に東京五輪で金メダルを獲得した。