介護は嫁が……その波にのまれることに疑問があった

――2021年の今でも、介護や育児のために仕事を辞めてしまう女性が少なからず存在します。
桜木 紫乃・文、?オザワ ミカ・絵『いつか あなたを わすれても』集英社
桜木紫乃・文、オザワミカ・絵『いつか あなたを わすれても』集英社

【桜木】実際の比率はわかりませんが、娘が親の面倒を見る場合が多いと聞きます。息子が介護をしている例もあるかもしれないけれど……。私の周りでも老人の介護は嫁がするという風潮はいまだにあるし、私が小説を書き始めたのも、そういう波にのまれることに対しての疑問も少なからずありました。

結婚して主婦として家事育児をし、このままでは親の言うことを聞いて、夫の言うこと、婚家の言うことを聞くだけで終わってしまうなと気がついたときに、一回、親たちとの関係をフラットにしてみたんです。精神的にも物理的にも意識して離れてみると、家族というものが見えてきて、それを小説に書くことにしました。その時から家族は私の永遠のテーマになったと思います。

――女性が仕事を持ち続けることの意味は大きいですね。

【桜木】私の担当編集者は女性が多く、20代から40代までいますが、みんな子どもが小学校に上がるタイミングになると悩んでいますね。育児しながら働き続けるのは体がしんどいと。それはつまり女性が働くための制度が整ってないということなんですよ。環境が整っていれば仕事を続けられるのだから、そういう世の中になってほしいと思います。

私は担当さんたちに「仕事はやめないで」と言っています。やめるのはいつでもやめられます。本当に苦しいならやめていいし、自分がやめたいのならいいけれど、やめたくないのにやめたら絶対に後悔する。そういう不本意な生き方をしてほしくないと思うんです。子どもはいずれ大きくなるし、ペースダウンしてもいいから、好きな仕事は手放さないでほしいと思います。

手取り17万円のうち5万円が保育園代に

――桜木さんご自身の経験から出てくる力強いメッセージに励まされます。たしかに産後や育児中、仕事の効率が落ちてしまい、悩んでいる女性も多いですね。

【桜木】うちの子たちが小さかったころは、夫の給料の手取り17万円ぐらいで親子4人暮らしていました。そのうちの5万円が保育園に収めるお金。私が子どもを預けて何をやっていたかというと、新人賞を取った後、何年もお金にならないボツ原稿を書いていたんです。

女性が稼ぐのは、今も昔も本当にたいへんなことだけれど、でも、「それを選んだんだから、やろうぜ」と言いたい。「自分には才能がない」と言って小説をやめていく人もたくさん見てきました。でも、自分に才能があるかどうかなんて自分ではわからないもの。年代によってやれることは違ってきますし、私も年を取ってから本を出せるようになって、続けてよかったと思っています。夫に感謝しつつ、簡単にはあきらめないでほしいと口に出せる、理由は持てたと思います。

構成=小田慶子

桜木 紫乃(さくらぎ・しの)
作家

1965年北海道生まれ。2002年「雪虫」で第82回オール讀物新人賞を受賞。2007年同作を収録した『氷平線』で単行本デビュー。2013年『ホテルローヤル』で第149回直木賞を受賞。他の著書に『ラブレス』『蛇行する月』など。2020年、『家族じまい』で第15回中央公論文芸賞を受賞。近刊に『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』がある。