“あえて”制約のあるサービス

10年前にアメリカのツイッター社に出資し、日本へTwitterを普及させたデジタルガレージの元上級執行役員で現在はQ-inks代表取締役の竹内崇也氏は、Clubhouseの広がりを見て、Twitterが日本にやってきた時を思い出したという。

実は、Clubhouseのアプリ上では、他のSNSのようにダイレクトメールの交換ができないし、ルームで行われた会話を録音することもできない。どんなルームが存在しているかの検索もできないし、番組表のようなものもないという、きわめて不便で制約のあるサービスだ。しかし、竹内氏はその制約のある状態が魅力の一つで、それが初期のTwitterと似ているという。

「それまでのサービスは写真もあげられ、過去のコンテンツも検索できるといった、もりだくさんの機能がついていました。でも、Twitterは文字制限が140字。独り言みたいになって、『何が面白いのか』って言っているうちに、さまざまな人が使い方を自分で工夫し始め、『どうやって使うか』ということをユーザー同士が語り始めた。制約があることでプラットフォームの文化を作っていった。それと、Clubhouse上で今起きていることがすごく似ている気がします」と振り返る。

確かにあるルームでは、Clubhouseの使い方を教えたり、Clubhouseをマーケティングやプロモーションに使った例などを共有しあっていた。

「Clubhouseに続け」とばかりにアメリカのTwitter社が昨年末から似たような音声サービス「Spaces」を試験的に開始したが、竹内氏は、そのプラットフォームが成功するかどうかは、ユーザーが作り出す文化次第で、「同じことをやればうまくいく」というような単純な話ではないという。

朝、ベッドの上でスマホで音声サービスを楽しむ女性
写真=iStock.com/chee gin tan
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音声が持つ力

SNSにあふれるテキストや画像に疲れている現代人にとっては、音の持つ力は新鮮だ。

「たとえばお酒好きの人が話をしているルームに入った時、参加者がそれぞれお酒を自分の横に持ってきて飲んでいる。その時にウイスキーをあける『ポン』っという音とか、グラスについだ時の『ドクドク』っていう音がすごくリアルなんですよね」と竹内氏はいう。まるで、それぞれの参加者が隣にいるような距離感とライブ感を感じるという。

音声だけで作る関係というのは、テレビなどと比べ、より深いのではないかというのは、長年さまざまな人気ラジオ番組のディレクターを務めたニッポン放送ビジネス開発局長の節丸雅矛氏だ。

「たとえば、『この一曲がラジオから流れてきて人生変わった』なんていうエピソードって、たくさんあるじゃないですか。記録には残らないけど、記憶に残るみたいな」

Clubhouseが、果たしてラジオにとって敵になるかは不透明だが、節丸氏は、テレビが登場した時もインターネットがでた時も「ラジオは終わった」と言われたというように、ラジオは昔から競合と言われるものを取り込んできたという。

「今は、テレビとかラジオを聴きながら、裏でTwitterで盛り上がるというのが定着した聞き方。ラジオで盛り上がるとTwitterのランキングで一位になる。そんなツールが一つ増えたということで、裾野が広がるみたいな感じでいいんじゃないか」と前向きにとらえる。

iPhoneでしか使えない、システムが落ちやすいなどのトラブルや、課金をしていくのかなど不透明な点がまだまだ多いこの新しいSNSサービスだが、今後どこまでわれわれの生活に入り込んでくるのかは注目したい。

大門 小百合(だいもん・さゆり)
ジャーナリスト、元ジャパンタイムズ執行役員・論説委員

上智大学外国語学部卒業後、1991年ジャパンタイムズ入社。政治、経済担当の記者を経て、2006年より報道部長。2013年より執行役員。同10月には同社117年の歴史で女性として初めての編集最高責任者となる。2000年、ニーマン特別研究員として米・ハーバード大学でジャーナリズム、アメリカ政治を研究。2005年、キングファイサル研究所研究員としてサウジアラビアのリヤドに滞在し、現地の女性たちについて取材、研究する。著書に『The Japan Times報道デスク発グローバル社会を生きる女性のための情報力』(ジャパンタイムズ)、国際情勢解説者である田中宇との共著『ハーバード大学で語られる世界戦略』(光文社)など。