日本でも急速に利用者が増えている音声SNS「Clubhouse(クラブハウス)」。早速参加して利用している元ジャパンタイムズ執行役員のジャーナリスト、大門小百合さんは、思いがけない出会いがあり、ダボス会議での経験と似たものを感じたという――。
App StoreのClubhouseダウンロード画面
撮影=プレジデントウーマンオンライン
App StoreのClubhouseダウンロード画面

気楽に参加できる音声だけのSNS

「Clubhouseに興味ありますか? 招待しますよ」

こんなメールが私のところに後輩から来たのが1月末。実は最初、若者が踊りに行くクラブだと思って、「こんなおばさんでも大丈夫?」ととんちんかんな返信をしたのだ。

それが、今人気上昇中の音声SNSだと知ったのは、それからすぐのこと。運よくClubhouseに登録でき2週間近くが過ぎた。

この米国発の音声SNSサービスは2020年3月に立ち上がり、日本では1月末から急にユーザーが増え始めたが、本家のアメリカでもここひと月ぐらいでユーザーが急増した。アメリカのビジネス誌、Business Insiderの記事によると、一月末の時点で、ユーザー数は200万人以上だが、これはTwitterが始まって2年後の数字に匹敵するという。そして、最近、ブラジル、台湾、チェコなどにもユーザーが広がり、その中で展開される自由な議論を警戒した中国ではこのサービスが使えなくなってしまった。

使うためにはiPhoneのアプリをダウンロードする。ただ、知り合いの紹介がないと入れないため、招待枠を持っている友人から招待をもらい、自分のプロフィールを登録する。あとは、テーマごとに作られた「ルーム(room)」と呼ばれる部屋に行くと、そこで話をしているスピーカーの声を聞くことができる。

ラジオのトークショーやパネルディスカッションを聞くようなものだと思えばよいが、違うのは、自分が質問したければ誰でも手を挙げて、モデレーターの了解を得て質問ができるところだ。もちろん、自分でルームを開設して参加者を募ることもできる。

また、音声のみのサービスなので、リモートワーク中、自宅で仕事をしながら、気軽にClubhouseのディスカッションをラジオのようにかけっぱなしにすることもできる。Zoomなどのビデオ通話と違い、パジャマでも化粧をしていなくても参加できるのは気楽だ。

ルームの会話を聞きながら、スピーカーだけではなく、聴衆のプロフィールも顔写真も見られるので、話をしている人がどんな人物かがわかるという安心感もある。アメリカ人がホストのルームの会話も聞くことができ、有名人もたくさん登録している。

イーロン・マスクやマーク・ザッカーバーグも

大門小百合さんのプロフィールページ(写真=本人提供)
大門小百合さんのプロフィールページ(写真=本人提供)

Clubhouseに登録して3日目。いきなりテスラの創業者イーロン・マスク氏が10時から話しますというルームが開設されていたので聞いてみたら、イーロン・マスクが「Clubhouseに来たら何を聞きたい?」「マスクのすごいところは?」などと、本番の準備をしながら楽しむ前夜祭のように参加者の中で活発な議論がなされていた。

しかし、いざ、マスク氏がやってくるルームが開設されたとたん、5000人の許容人数が一瞬で埋まってしまい、私は入ることができなかった。すると、誰かがElon Musk overflow room(イーロン・マスクの部屋に入れなかった人の部屋)という名前のルームを作ったのだが、そこでもイーロン・マスクについて人々が議論していた。

その数日後、今度はフェイスブックの創業者であるマーク・ザッカーバーグもやってきて、参加者の質問に答えていた。世界を動かす、普段ではなかなか会えないような有名人が気軽に話しに来て、参加者の質問にも答えてくれる。それも大きな魅力の一つだろう。

セレンデピティ(偶発性)を楽しむ

Clubhouseで頻繁にスピーカーをしている東京大学の柳川範之教授は、思いがけない人が会話に参加してくるという、不確実性とわくわく感が大きな魅力の一つだと言う。

「思いがけない出会いが目の前で起きるかもしれないという面白さ。何が起こるか先がみえない。たとえば15分ぐらい聞いてつまらないからもうやめようと思っていると、5分後に面白い人が入ってくるかもしれない」

私は、何度か世界のリーダーが集まるダボス会議に参加したことがある。ダボスは完全招待制の会議なので、そこに参加する人の身分は保証されている。そんな安心感からか、会議場へ行くシャトルバスで出会う人たちも、積極的に自己紹介をしてきて、とてもフレンドリーだった。名刺交換をすると、たいてい大企業のCEOだったり、有名な大学教授だったりと、参加者のスケールの大きさにつくづく驚いたのを覚えている。

Clubhouseを使ってみて、そんな経験と少し似ていると感じた。さまざまな分野で活躍している人たちがやってきて、彼らにリアルタイムで直接質問をぶつけることができる。英語を理解することができれば、小さなiPhone一つで、日本だけではなく、シリコンバレーのCEOやベンチャー起業家、AIの専門家などの話を誰でもライブで聞くことができるのだ。それも無料で。

また、本や映画など、ある特定のテーマに関心のある人が集まるルームもあり、そこでの出会いがあったりと、コミュニティのような機能も果たしているようだ。

“あえて”制約のあるサービス

10年前にアメリカのツイッター社に出資し、日本へTwitterを普及させたデジタルガレージの元上級執行役員で現在はQ-inks代表取締役の竹内崇也氏は、Clubhouseの広がりを見て、Twitterが日本にやってきた時を思い出したという。

実は、Clubhouseのアプリ上では、他のSNSのようにダイレクトメールの交換ができないし、ルームで行われた会話を録音することもできない。どんなルームが存在しているかの検索もできないし、番組表のようなものもないという、きわめて不便で制約のあるサービスだ。しかし、竹内氏はその制約のある状態が魅力の一つで、それが初期のTwitterと似ているという。

「それまでのサービスは写真もあげられ、過去のコンテンツも検索できるといった、もりだくさんの機能がついていました。でも、Twitterは文字制限が140字。独り言みたいになって、『何が面白いのか』って言っているうちに、さまざまな人が使い方を自分で工夫し始め、『どうやって使うか』ということをユーザー同士が語り始めた。制約があることでプラットフォームの文化を作っていった。それと、Clubhouse上で今起きていることがすごく似ている気がします」と振り返る。

確かにあるルームでは、Clubhouseの使い方を教えたり、Clubhouseをマーケティングやプロモーションに使った例などを共有しあっていた。

「Clubhouseに続け」とばかりにアメリカのTwitter社が昨年末から似たような音声サービス「Spaces」を試験的に開始したが、竹内氏は、そのプラットフォームが成功するかどうかは、ユーザーが作り出す文化次第で、「同じことをやればうまくいく」というような単純な話ではないという。

朝、ベッドの上でスマホで音声サービスを楽しむ女性
写真=iStock.com/chee gin tan
※写真はイメージです

音声が持つ力

SNSにあふれるテキストや画像に疲れている現代人にとっては、音の持つ力は新鮮だ。

「たとえばお酒好きの人が話をしているルームに入った時、参加者がそれぞれお酒を自分の横に持ってきて飲んでいる。その時にウイスキーをあける『ポン』っという音とか、グラスについだ時の『ドクドク』っていう音がすごくリアルなんですよね」と竹内氏はいう。まるで、それぞれの参加者が隣にいるような距離感とライブ感を感じるという。

音声だけで作る関係というのは、テレビなどと比べ、より深いのではないかというのは、長年さまざまな人気ラジオ番組のディレクターを務めたニッポン放送ビジネス開発局長の節丸雅矛氏だ。

「たとえば、『この一曲がラジオから流れてきて人生変わった』なんていうエピソードって、たくさんあるじゃないですか。記録には残らないけど、記憶に残るみたいな」

Clubhouseが、果たしてラジオにとって敵になるかは不透明だが、節丸氏は、テレビが登場した時もインターネットがでた時も「ラジオは終わった」と言われたというように、ラジオは昔から競合と言われるものを取り込んできたという。

「今は、テレビとかラジオを聴きながら、裏でTwitterで盛り上がるというのが定着した聞き方。ラジオで盛り上がるとTwitterのランキングで一位になる。そんなツールが一つ増えたということで、裾野が広がるみたいな感じでいいんじゃないか」と前向きにとらえる。

iPhoneでしか使えない、システムが落ちやすいなどのトラブルや、課金をしていくのかなど不透明な点がまだまだ多いこの新しいSNSサービスだが、今後どこまでわれわれの生活に入り込んでくるのかは注目したい。