「使命感」があるなら、思う存分に働けばいい

——山本さんは一時うつ病を患われ、数年間お仕事をお休みされていました。その経験は作家としてプラスになったと感じますか?

【山本】結果論ですけど、今振り返ればよかったと思います。無理をして休まずにいたら、作家をやめていたのではないでしょうか。その間も覚えていてくださった出版社の方と編集の方に、大変感謝しています。

——「note」に『自転しながら公転する』の執筆に7年かかった理由を記されていますね。そこから、日常の暮らしを大事にしている様子がうかがえました。病気がきっかけだったのでしょうか?

山本文緒さん 撮影=新潮社写真部
山本文緒さん 撮影=新潮社写真部

【山本】病気になる前の忙しかった時期は、本来の自分ではなかったという風に思います。もちろん仕事は大事ですけど、その捉え方は人それぞれで、私は自分の人生で仕事が一番大事だとは思っていない。ぶらぶらしたり、漫画を読んだり、どちらかというと遊んでいる時間のほうが大事。1999年に『恋愛中毒』を出す前までは、何もしない日がたくさんあったのですが、仕事が忙しくなって生活が破壊され、おかしくなってしまった。前の暮らしが取り戻せて、今は本当に良かったと思います。

——Instagramを拝見すると、カフェやケーキの写真に癒やされます。休むことを大事にされていることが分かります。

【山本】実はカフェインに強くないので、コーヒーは1日1杯。大事に飲んでいます。忙しいとコーヒーを飲む時間もなかったりして、それが続くと消耗し、家族に当たり散らしたりしてしまう。そうなると落ち込んでしまって良い結果を生まないので、忙しくならないように気をつけています。今時、「忙しくならないように気をつけている」なんて発言は叩かれそうですが。

——読者の中には忙しく働くキャリア女性が多く、子育てや介護との板挟みで罪悪感を抱きがち。社会から活躍を期待されているからこその孤独を感じている人もいます。

【山本】「使命感」があって働いている方は、思う存分その使命感に従って働いていけばいいと思っているんです。だけど、使命感に突き動かされているわけでないのならば、あまり体と心に無理をさせないほうがいい。

私の中にも、小さいながらの使命感はあるんです。たくさんあると果たせないので、「親の面倒を最後までみる」とか「引き受けた原稿は書く」程度のことですけど、けっこう大事なものだと思っています。

山本 文緒(やまもと・ふみお)
小説家

1962年神奈川県生れ。OL生活を経て作家デビュー。1999年『恋愛中毒』で吉川英治文学新人賞、2001年『プラナリア』で直木賞を受賞した。著書に『あなたには帰る家がある』『眠れるラプンツェル』『絶対泣かない』『群青の夜の羽毛布』『落花流水』『そして私は一人になった』『ファースト・プライオリティー』『再婚生活』『アカペラ』『なぎさ』など多数。