刷り込まれた「幸せ」を真に受けないように
——都(みやこ)の場合、介護を理由に実家に帰っては来たものの、どこか「母のために帰ってきた」という不満や、自分本位な暮らしを続ける甘えがある。山本さんの小説は、キャラクターの短所を手厚く描いていくことで、人物が魅力的に立ち上がってくるような感じがします。
【山本】陰陽図ってありますよね、火鍋みたいな(笑)。あの白の部分と黒の部分が人間を表しているなと常々思うんです。誰の中にも陰陽図があって、そのときの状況によって、白い部分が多く出たり、黒い部分が多く出たりと変化する。どんな良い人に見えても、悪い人に見えても、それは同じだと思っています。
——都の娘の視点が書かれたパートが訪れると、また彼女の違うダメな部分が見えてくる。そこがまた面白いと思いました。
【山本】「装う」ことから見える都の価値観の古さとか、娘にとっては毒親のような側面とか、興味の対象は自分ばかりで実は娘にすらそんなに関心がないとか、彼女の別の顔が分かるといいなと思い、ああいう構成にしました。読者の方には、既に都が一生懸命に自分の人生を生きてきたことが分かっている。だからこそ面白い展開になると思ったんです。
——「幸せになりたい」と言い続けていた都が、「幸せになろうとしなくていい」と言えるようになっていきます。
【山本】単純に私自身、若い人や読者には「幸せに生きてほしい」と思うんです。でも、「幸せでなければ人生は失敗」みたいに、マスコミなどから商業的に刷り込まれる感じがとても嫌。「ただ生きてればそれでいい」と思います。この小説では、都の彼氏の貫一に「幸せ原理主義」という言葉を言わせたのですが、そこは意識して書きました。
心から発せられた言葉であればいいのですが、「こう言えば感動するだろう」「こう書けば売れるだろう」という言葉も世の中に混在していて、それを真に受ける人がいっぱいいる。真に受けずに、自分ができることをすればいいと思っています。
たとえば、ドラマの中では、生き甲斐を持って“いい仕事”に就いてる女の人が活躍しているかもしれないけれど、“いい仕事”じゃない仕事も仕事だし、それで自分が食べているなら胸をはるべきです。