観察:溝の向こうの相手を知りに行く

準備段階で、自分と相手のナラティヴには隔たりがあることがわかりました。向こう岸にいる相手が、一体どんな環境、職業倫理などの枠組みの中で生きているのか、そのナラティヴをよく知ろうとするのが次の段階です。

宇田川元一『他者と働く 「わかりあえなさ」から始める組織論』(NewsPicksパブリッシング)

じっくりと相手や相手の周囲を「観察」してみましょう。相手にはどんなプレッシャーがかかっているか、相手にはどんな責任があるか、相手にはどんな仕事上の関心があるか、それはなぜか、など、いくつもの気づきが得られると思います。

適応課題が生じるのは、生じるなりの理由があります。その理由がわかってくると、こちら側でもどのように相手にアプローチしていくことができるか、その手がかりになるものがきっと見えてくるはずです。

つまり観察とは、こちら側がどのように働きかけることができるか、そのリソースを掘り起こす作業なのです。この段階をじっくり取り組んでおくと、次の解釈・介入のフェーズでの取り組みがかなり広がります。

解釈:溝を渡るためにどんな橋が必要かを考える

観察することで、相手のナラティヴを把握できれば、自分の言っていること、やろうとしていることが、相手にとって意味のあるものとして受け入れられるために必要なポイントが見えてくるはずです。

「解釈」の段階は、橋を架けるために、どこにどんな橋を架けるべきか、設計をします。

そのために、相手のナラティヴの形やその中の様子が見えてきたら、一度、相手のナラティヴを解釈してみましょう。つまり相手のナラティヴの中に飛び移って、相手がどんな状況で仕事をしているのかをシミュレートするのです。そこから、自分が言っていることや、やっていることがどんな風に見えるかをよく眺めてみるのです。

相手のナラティヴから自分を見てみると、どこなら橋を架けられる場所があるか、相手に対してどんな橋を架けたらいいかがハッキリとしてきます。意外な発見や道筋が見えてくるかもしれません。

介入:橋を渡り相手との関係性を築く

実際に行動をすることで、橋(新しい関係性)を築くのが、「介入」の段階です。

今まで相手のことをよく調べて、考えてきましたので、ここでは具体的に行動に移してみましょう。

ここぞというタイミングを狙って、行動してみましょう。せっかく今まで向こう岸を一生懸命探って考えてきたのに、行動しなければ何も変わりません。それに、もうこの段階ならば、うまくいきそうだというポイントも見えてきつつあるはずです。

実際に行動してみて、うまく橋が架かることもあれば、架からないこともあります。自分の架けた橋の具合を冷静に見てみて、本当に架かっているか、ぐらついているところはないかなどをチェックするのがとても大事です。

もしうまくいっていない箇所が見つかったら、もう一度、観察のステップに戻って、じっくり相手のナラティヴを観察してみましょう。これを繰り返すうちに、徐々に頑丈な橋が架かるようになるはずです。

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宇田川 元一(うだがわ・もとかず)
経営学者

埼玉大学 経済経営系大学院 准教授。1977年東京生まれ。2000年立教大学経済学部卒業。2002年同大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。2006年明治大学大学院経営学研究科博士後期課程単位取得。2006年早稲田大学アジア太平洋研究センター助手、2007年長崎大学経済学部講師・准教授、2010年西南学院大学商学部准教授を経て、2016年より埼玉大学大学院人文社会科学研究科(通称:経済経営系大学院)准教授。社会構成主義やアクターネットワーク理論など、人文系の理論を基盤にしながら、組織における対話やナラティヴとイントラプレナー(社内起業家)、戦略開発との関係についての研究を行っている。大手企業やスタートアップ企業で、イノベーション推進や組織変革のためのアドバイザーや顧問をつとめる。専門は経営戦略論、組織論。2007年度経営学史学会賞(論文部門奨励賞)受賞。