大事なのはキャンペーン

同じ理由で、夫は、家事の総体も見えていない。

妻の3分の1しか認知していなければ、「半分やってる」と豪語している夫の家事タスクが、実質妻の6分の1なんてことが起こる。当然、夫側に悪気はないのである。

ゴミ捨て一つにしても、私たちはいくつもの工程を経て、捨てるゴミ袋一つを作っている。私は『妻のトリセツ』で、「ゴミ捨て」には、ゴミ箱の用意から、袋の準備、分別、袋を閉じて、その袋が破れていないかを確かめるなど、10の工程があると書いた。

黒川伊保子『夫のトリセツ』(講談社+α新書)

そうしたらある熟年男性から、こんな話を聞かされた。「黒川先生は、ゴミ捨てにたくさんの工程があるって、書いてましたよね。あれには、はっとしました。そして、昨日の日曜日、僕が2階でくつろいでいたら、階下で掃除機をかける音が聞こえてきたんです。そのときふと、妻が、あれだけの工程をこなしながら、こんなに丁寧に掃除機もかけているのかと思ったら、愛しくて愛しくて。自分でもびっくりするような気持ちになりました」

知ることは、大事である。

私は、ときどき、キャンペーンをしている。自分のすることを、夫に宣伝するのだ。

「今日は、洗濯しながら、ご飯を炊いて、その隙にエッセイを1本書いて、親子丼を作って、シャワーを浴びて、買い物に行くね。あ、その前に、新聞をくくる」みたいに。

そうして、行動に移すたびに「今から、○○するね」と連絡し、「○○、完了しました」と報告する。明るく、軽やかに、押し付けがましくなく。

夫は、「はいよ」と返事をしながら、ときに、ちょこっと手を貸してくれる。「洗濯物、干して」とか「新聞紙、出してきて」と声をかけても、「はいよ」と軽やかだ。

これが、なにも言わないで、静かにやっていると、「ちょっと、これ、捨ててきて」に「えーっ」とか「後で」とか言うのだから、キャンペーン効果は絶大である。

家事任命で、夫に惚れ直そう

家事の総体が見えてない相手に、「なんとなく、察して半分」は、もめる源。家事は、分担を決めたほうがいい。

風呂のカビ取り、蕎麦ゆで、パスタゆで、ハーブ栽培、窓ふき、ゴミ捨て、皿洗い。これらは、我が家の夫の担当である。

「これだけしてもらえると、日々が本当に楽になる」を厳選するといいと思う。たとえば、「夜寝る前に、お米を研いで炊飯器に仕込む」。これって、子どもを風呂に入れたり、明日のスイミングの準備をしたりと忙しい主婦には忘れがちで、布団に入ってから、「あっ」と思って立ち上がるのは、けっこうなストレス。これだけでも担当してくれたら、本当に嬉しいのじゃないかしら。ただし、彼がうっかり忘れたときの冷凍ご飯は常備しておいては。「部下のうっかり」は上司の想定内にしておくべき。

「本当に助かるタスク」を夫にやってもらうと、夫の存在価値が上がる。ぜひ、厳選して、お願いしてみてください。

そのお願いの前に、何度か、先に述べたキャンペーンをしておくといいよ。妻が、日がな一日、あれやこれやしているんだと知った後の「ご飯だけ仕込んでくれれば、天国なの。お願い」は、素直に聞けるのじゃないだろうか。

私の知人は、「夫を在庫管理に任命しました」と教えてくれた。各種調味料、コーヒー、紅茶、お茶、牛乳、各種洗剤、トイレットペーパー、ティッシュペーパー……、数え上げれば数十ある家庭の在庫管理は、多くの場合、妻の勘に任されている。

それをほぼ問題なく勘で回す女性脳も素晴らしいと思うが、ときには、ケチャップがない、ソース在庫が2本ダブっちゃった、なんてことも起こる。その知人の夫は、在庫管理アプリを導入、台所のラックを整理して、それぞれの引き出しにラベルをつけて、完璧に管理してくれているそうだ。妻が買い物のときに、在庫管理アプリを開くと、買うべきものが一目でわかり、買ったときにはチェックしておくと、夫と被ることがないのだそうだ。夫を見直したと、彼女は微笑んだ。

それぞれの妻に、それぞれの家事ストレスがあるはず。その「これ、これ」を夫に任せて、夫に惚れ直そう。

写真=iStock.com

黒川 伊保子(くろかわ・いほこ)
脳科学・AI研究者

1959年、長野県生まれ。人工知能研究者、脳科学コメンテイター、感性アナリスト、随筆家。奈良女子大学理学部物理学科卒業。コンピュータメーカーでAI(人工知能)開発に携わり、脳とことばの研究を始める。1991年に全国の原子力発電所で稼働した、“世界初”と言われた日本語対話型コンピュータを開発。また、AI分析の手法を用いて、世界初の語感分析法である「サブリミナル・インプレッション導出法」を開発し、マーケティングの世界に新境地を開拓した感性分析の第一人者。近著に『共感障害』(新潮社)、『人間のトリセツ~人工知能への手紙』(ちくま新書)、『妻のトリセツ』『夫のトリセツ』(講談社)など多数。