ボーナスは全額定期預金へ

そこで発想を根本的に変えてみたらどうなるでしょう。一体どうするのかというと、ボーナスでは一切買い物をせずに、全額定期預金などに入れて貯金をしてしまうのです。「でもボーナスで買い物をしないのだったら、いつ買うの?」と思われるかもしれませんが、答えはきわめて簡単です。ボーナスは全額定期預金するけれど、それまでに持っていた別の定期預金を解約して買うのです。つまり貯蓄勘定から引き出して消費するわけのです。さて、そうすると一体どんな感情が生まれてくるでしょう。

ボーナスで買うというコンセンサスができていたからこそ、それを貰ったら右から左へと回して使ってしまうことができるのです。つまり心の中ではボーナスの一部を消費勘定に入れ、そこから出して消費するわけですから、それには何の心理的抵抗もありません。ところが、ここで今まで持っていた定期預金を、それも満期が来ていないものを解約しなさいということになると、それは貯蓄勘定から引き出して消費に回すことになるので、かなり心理的な抵抗感が大きくなります。今まで何の議論もなく、ボーナスが出たら当然のように買っていた品物が、「定期を解約してまで買う価値があるの?」という新しい議論が生まれてくるのです。そうすると「やっぱりもう少し待とうか」ということになるかもしれません。あるいは仮に買うにしても価格や性能をもっと事細かに調べなおしたりするはずです。結果として「良いか、悪いか」ではなく「必要か、不要か」という論点で判断することができ、衝動的に無駄な買い物を防ぐことにもなります。

「でも実際に定期を解約するのなら、中途解約になるから損じゃないか」と考える人もいるでしょう。しかしながら今のような超低金利の時代であれば、普通預金も定期預金もほとんど利息に差はないので、中途解約して利息が大きく減るというデメリットはほとんどありません。ところがそれでも“定期を解約する”というのは、今までの習慣上、かなり心理的な抵抗感の大きいことです。この抵抗感こそがまさにメンタル・アカウンティングを利用する狙いなのです。

「袋分け」管理はあまり効果がない

一方で、よくFPの人などが家計管理の方法として「袋分け」という手法を推奨することがあります。袋分けというのは日常生活費を項目ごとに分け、その項目ごとのお金を物理的に袋に入れておくという手法です。これも一見するとメンタル・アカウンティングのように思えますが、実は全く違います。

筆者はこの袋ワケというのは支出抑制にはあまり効果はないと考えています。なぜなら、メンタル・アカウンティングというのは単に会計勘定を分けるということではなく、分けた勘定に沿った使い方をするという心のクセなのです。だとすれば、袋分けというのは単に予算を視覚化するという効果だけの話であって、それが支出を抑制するということにはつながりません。袋分けした分は何の抵抗もなく、自由に使ってしまうことになるため、ほとんど効果はないでしょう。もちろん日頃からかなりルーズなお金の使い方をしていて毎月の収支が赤字という家庭の場合は、こういう「予算の視覚化」は効果があるでしょうが、単にそれだけのことです。

このように心の中の会計勘定の仕訳とその使い方のルールに新しい工夫をすることで、ごく自然に無駄な出費を抑えることは可能です。日常の消費行動でごく当然のようにしていることについて少し視点を変えるだけでお金を効率的に生かすことができるようになるかもしれません。メンタル・アカウンティング=心の会計というのは、人間の心理を利用することでお金を増やすことにも減らすことにもなりうるということは知っておいたほうがいいでしょうね。

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大江 英樹(おおえ・ひでき)
経済コラムニスト

大手証券会社に定年まで勤務した後、2012年に独立し、オフィス・リベルタスを設立し、代表に。資産運用やライフプランニング、行動経済学などに関する講演・研修・執筆活動などを行っている。近著に『定年前、しなくていい5つのこと』(光文社新書)など。