高齢者に「救急車に乗るな」と言えるか
救急車以外の手段としては、民間救急車や介護タクシーなどが考えられるだろう。通常のタクシーとの違いは、民間救急車の場合、患者が寝たままの状態で、点滴や酸素吸入を受けたまま乗車できる点だ。つまり、救急車でストレッチャーによって運ばれるのと同様の形での移動が可能で、救急車を呼ぶほど緊急ではないケース、自分が希望の病院へ転院したい時に使える。介護タクシーは乗用車タイプだが、車椅子のまま乗ることができるメリットがある。
緊急性がない病院への受診なら、救急車を占拠しないという点で、これらの方法を使うのが望ましいだろう。しかし、どちらも有料で、通常のタクシーよりは割高だ。
仮にあなたの両親が遠方に住んでいるとして、電話で「具合が悪いので病院にかかりたい」と言われたらどうだろう。無料の救急車ではなく、有料の民間救急車や介護タクシーを勧めることができるだろうか。
あるいは、一人暮らしの高齢者のもとをケアマネージャーが訪ね、具合が悪そうだったらどうするだろうか。ケアマネージャーとしては、救急車を呼ぶしかないだろう。
救急車有料化の罠
「もちろん『救急車は重症な時に使ってください』と言いますが、同じ青森県内でも田子町の人に『よく考えてください』なんて言えません。うちの病院までタクシーで来たら一万円はかかるんですよ」
八戸市立市民病院の今医師が早口でまくしたてる。
「一方、八戸市内ならタクシーで八百円程度ですから。でもね、地方で『救急車の適正利用』なんて言うなら、救急車の台数を増やすとか、救急車に準ずるような搬送車を作ってほしい。私は、患者さん自身が必要だと思ったなら、救急車を使っていいと思っていますよ」
救急車の適正利用をめぐっては、有料化案もたびたび議論される。しかし、筆者はこれには反対だ。海外では一回の搬送につき数万円が徴収されるが、無料であることが日本の優れている点だと思う。
仮に救急車が一回数千円から一万円の有料になったとしたら、あなたは119番にコールするか迷うに違いない。救急車の有料化は、突き詰めれば「受診抑制」につながる。そこで切り落とされる命が、必ず出てくるだろう。それならば、むしろ介護タクシーに国が補助金などを出し、少しでも国民の支払いを抑える方向に誘導したほうがよい。
どんな患者なら救急車を利用できて、どういう場合には利用できないのか。そして「利用できない患者」を作る場合は、代替手段やそれにまつわる補助をどう整備するか。国はこれらを考える必要があるだろう。これは繰り返しになるが、制度が整っていないままに「適正利用」ばかりを叫ぶのは違和感がある。
ちなみに、お金をかけたくないし、救急車は申し訳ないという気持ちから、自家用車を運転するのは事故の面から避けたほうがいい。近年、運転中に大動脈解離を発症して死亡したケースなど、運転手が意識不明となって他者を巻き込むような自動車事故が後を絶たない。大事故を防ぐためにも、少しでも体調不良を感じたら運転を控えたい。